校友トピックス

令和6年度「報恩講」開催|あの時、あの頃 武蔵野ヒストリア

「南無阿弥陀仏」のお念仏を忘れずに

令和6年11月28日(木)武蔵野キャンパス雪頂講堂にて「報恩講(ほうおんこう)」が執り行われました。

「報恩講」とは?

 
浄土真宗の門徒にとってもっとも大切とされる行事が、親鸞のご命日にあわせて行われる忌日法要「報恩講」だ。親鸞の恩を偲び、念仏の教えへの思いをあらたにする集いである。

『親鸞と浄土真宗』(洋泉社MOOK)

当日は長野了法理事長、西本照真学長をはじめとする法人関係者に加え、武蔵野大学高等学校の生徒も参列しました。参列者の手には「礼讃抄」とお念珠。その面持ちはどことなく緊張しているようにも見受けられます。

合掌・礼拝、礼讃歌、仏前荘厳、代表焼香と進み、長野理事長が式辞を述べられた後、浄土真宗本願寺派布教使である江田智昭先生から「どこでもお慈悲の中」という講題でご法話をいただきました。

ところで皆さん、ここ数年SNS上にお寺の掲示板が投稿されることが多くなったと思いませんか?短い文章にある人生訓に、思わずはっとさせられることもしばしば。江田智昭先生は、仏教とSNSを掛け合わせて布教に役立てられないかと企画された「お寺の掲示板大賞」の発案者でもあるのです。

この日江田先生は、お寺の掲示板に掲げられた言葉を使い「念仏の教えとは何なのか」という法話を、聴講する高校生にもわかりやすい形でお話ししてくださいました。

浄土真宗本願寺派布教使である江田智昭先生によるご法話 浄土真宗本願寺派布教使である江田智昭先生によるご法話

「本当のものがわからないと本当でないものを本当にする」
という言葉からは、「私たちは『自分の都合メガネ』をかけて、都合のいいように物事を見ている。本当のものとは仏様の智慧のこと。自分を信用するのではなく、仏様の智慧を信用しましょう。」ということ。

「のぞみはありませんがひかりはあります」
という言葉からは、「『自分の都合メガネ』で物事を見ていると、だんだんと都合の悪いことが起きて、そのギャップに私たちは苦しみ、望みがなくなる。しかし、望みがなくても阿弥陀様の光は私たちを照らしているんだ」ということ。

「孤立仏援」
という言葉からは、「ひとりぼっちでどんな淋しい状況に置かれても、私たちは阿弥陀様のお慈悲の光の中で生活を送らせていただいている。どこにいても阿弥陀様が見守ってくださっている。」とお話され、最後に「この先、受験や色々大変なことがあると思いますが、『南無阿弥陀仏』のお念仏を忘れずに今後も生活を送っていただければと思う次第です」と締めくくられました。

スマホを覗くとそこにはおびただしい量の情報やフェイクニュースが溢れています。一体何が正しくて何が正しくないのか。「自分の都合メガネ」で見たものを信じて進む道は、時として自分自身を混乱へと陥れるかもしれません。が、そんな時はこの日のご法話と『南無阿弥陀仏』のお念仏をぜひ思い出していただければと思います。

  • 報恩講は雪頂講堂で執り行われた

    報恩講は雪頂講堂で執り行われた

  • 代表焼香するむらさき会平山会長とくれない会斧田会長

    代表焼香するむらさき会平山会長とくれない会斧田会長

  • 長野了法理事長(前列左)、西本照真学長(前列右から2番目)をはじめとする法人関係者も参列

    長野了法理事長(前列左)、西本照真学長(前列右から2番目)をはじめとする法人関係者も参列

  • 親鸞聖人も見守る

    親鸞聖人も見守る

  • 参列者による礼讃歌

    参列者による礼讃歌

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