校友トピックス

令和5年4月の聖語

静謐の聖語板に見出してきたこと

有明キャンパス正門、武蔵野キャンパス正門・北門に設置されている「聖語板」を覚えていますか?
先人のことばを月替わりに掲示しています。
在学時、何気なく見過ごした言葉、瞬時に腑に落ちた言葉、場面を具体的にイメージできる一文、また、思わずその意味を自身に問い掛けた経験はありませんか。
そして、1カ月間、朝に夕に目にすることで、じっくりと心に沁みこんでくる言葉がありませんでしたか?
今も変わらず、「聖語板」は学生に、教職員に、大学を訪れる人に静かに語りかけています。

4月の聖語

「ここに学ぶとはじめて立ちし校庭の 花の四月の 初心忘るべからず」

土岐善麿

今月の聖語は、日本文学科の初代主任教授であった土岐善麿先生の歌です。今年の桜の開花は平年より早く、それに続くようにして皐月や山吹、牡丹、藤の花などが咲き誇り、武蔵野キャンパスは“花の四月”という言葉がぴったりです。毎年4月の聖語板にはこの歌が掲げられますが、その年ごとの春の風景と相まって見飽きることがありません。

下記プロフィールのとおり、歌人・国文学者である土岐先生は、1965年に開設された武蔵野女子大学文学部日本文学科の初代主任教授に就任し、1979年まで14年にわたって教鞭を執られました。『武蔵野女子学院八十年史』には、土岐先生について以下のように記されています。

「武蔵野女子大学では、在職中に時の学長山田龍城の願いを受けて、「武蔵野女子学院歌(第二)」の作詞にあたっている。善麿はまた、学院報に毎号「十方抄」と題して数首の歌を寄せていたが、それが一〇年あまりつづいて、かなりの量になっていた。これらは、教壇、研究室、校庭、往復の途上のことまで、学院の風情が善麿の心をとおしてつぶさによみこまれている作品で、日本文学科の大河内教授の願いにより、「むさし野十方抄」として出版されることになった。上梓されたのは手ごろな冊子ふうの歌集で、今もなお学生たちの愛読するものとなっている。」

当時の学生たちは高名な歌人である土岐先生から直接学び、その先生が母校の情景を詠んだ歌が毎号掲載されている学院報を読むことができて、本当に幸運だったと思います。

今回ご紹介した歌は『むさし野十方抄』に収録されています。土岐先生の目を通して見た学院はどんなものだったのか、この機会に歌集を手に取ってみてはいかがでしょう。

<参考文献>
学校法人武蔵野女子学院(2004)『武蔵野女子学院八十年史』、学校法人武蔵野女子学院、p326。

土岐 善麿(とき ぜんまろ)
1885年~1980年(明治18年~昭和55年)。東京府東京市浅草区浅草松清町(現・東京都台東区西浅草一丁目)生まれ。
歌人・国文学者。新聞記者として活躍する傍ら、1910年にローマ字による3行書きの歌集『NAKIWARAI』を刊行。1913年『生活と芸術』を主宰。国語審議会会長、日比谷図書館館長などを歴任。1947年『田安宗武』で学士院賞を受賞。1955年紫綬褒章を受章。1965年に開設された武蔵野女子大学文学部日本文学科の初代主任教授に就任。1979年まで14年にわたって教鞭を執る。40冊近くの歌集を出版。石川啄木や若山牧水など、多くの文学者と親交を持つ。

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