武蔵野マガジン

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泣けるほど悔しい思いもしたけれど|今井柚香さん

文=菅野浩二(ナウヒア) 写真=本人提供、鷹羽康博

今井柚香(いまい・ゆずか)さん|専門学校職員
千葉県八千代市出身。2021年3月に武蔵野大学の教育学部教育学科を卒業。大学1年次、学外での体験を通して自らの進路を考える「フィールド・スタディーズ」ではアメリカへの短期留学を経験。現地の保育園や小学校などを訪問し、日本との教育の違いを感じた。大学3年次には大学祭実行委員会の委員長を務めている。武蔵野大学では小学校教諭一種免許を取得。趣味はお笑い鑑賞とサウナで、好きなお笑い芸人は空気階段とバカリズム。

「ムサシノスカラシップ選抜」で見事合格を勝ち取る

教育学部教育学科で学んだ 教育学部教育学科で学んだ

物心ついたころから高校卒業まで、八千代少年少女合唱団で活動した。高校2年次には団長も務めた。こうした経験が武蔵野大学の教育学部教育学科への進学に結びついていく。今井柚香さんは言う。

「八千代少年少女合唱団は3歳から在籍できる合唱団で、60人くらいの大所帯です。先輩が後輩に指導するという伝統があったのですが、団長を務めたこともあって『教えるのって難しいけど楽しいな』と感じたんです。『伝える』『教える』という行為を追求したくて、教育学部へ進むことにしました」

武蔵野大学に決めたのは、カリキュラムの幅広さに興味を引かれたからだ。とりわけ学部や学科の枠を超えたクラス編成でさまざまな分野を学ぶ「基礎セルフディベロップメント」に魅力を感じた。教育学だけにとどまらず、多面的な教養を身につけられる環境に飛び込みたかった。

大学時代は台湾旅行を経験 大学時代は台湾旅行を経験

大学進学に際しては親孝行をしたい気持ちがあった。小さなころから八千代少年少女合唱団で活動するなかで、オーストリアやイタリア、モナコなど国外への演奏旅行に参加しており、子どもながらに親に経済的負担をかけている点が気になっていた。大学では親からの金銭的援助をなるべく減らしたい──高校3年生の今井さんは理想にかなう情報を得た。

「大学のことを調べるうちに『ムサシノスカラシップ選抜』という申請型奨学金制度の対象入試の存在を知ったんです。簡単に言うと、授業料の一部が減額されるものなんですが、『これだ!』と思いその制度を使って入試を受けることにしました」

「ムサシノスカラシップ選抜」で見事合格を勝ち取ると、武蔵野キャンパスでは期待どおりの学びが待っていた。教育学部教育学科で専門性のある学びを深める傍ら、学部や学科の枠を超えた「基礎セルフディベロップメント」、通称「基礎セ」では心理学や哲学、数学や社会学にもふれ、基礎教養を身につけた。看護学部など、教育学部以外の友人もたくさんできた。

大学祭実行委員会では、2度も口惜しい気持ちを味わった

大学祭実行委員会で活動。右端が今井さん 大学祭実行委員会で活動。右端が今井さん

武蔵野大学では、泣けるほど悔しい思いを2度している。1年次から所属していた大学祭実行委員会での出来事だ。

八千代少年少女合唱団で高校2年次に団長として仲間たちをまとめ、高校3年次には裏方として演奏会の出演などを支えた今井さんは、大学祭にあたる「摩耶祭」に注目した。組織を動かしながら、黒子としてもイベントを支えられる点に醍醐味を感じたためだ。今井さんが振り返る。

「大学祭実行委員会は講堂企画局や広報局、渉外局や総務局などいくつかの局に分かれているのですが、私は全体を統括する委員長局を選びました。高校時代の経験から、リーダーシップを発揮することは挑戦しがいのある取り組みだと考えていたからです。約200人規模の団体をマネジメントする経験は自分の将来にも生きると感じました」

大学祭実行委員会の委員長を務めた 大学祭実行委員会の委員長を務めた

「大学祭の準備一辺倒でした」と振り返るキャンパスライフでは、1年次から授業中にこっそり摩耶祭の仕事をしたり、通学時や帰宅時の電車内でパソコンに向かって段取りを整理したり、秋の大祭典を見据えた日々を送った。

それでも、2度も口惜しい気持ちを味わった。最初の摩耶祭として意気揚々と臨んだ1年次はあいにくの雨で思うような開催とはならなかった。委員長を務めた3年次には、数日後に開幕を控えた2019年10月のある日、副委員長や会計局長と議論を煮詰めていた。摩耶祭に合わせるように、大型で猛烈な勢力の台風19号が関東を直撃するという天気予報が届いていたからだ。最終的に意見を募ると、全員が「中止」に手を挙げた。何よりも、委員会のメンバーやお客さんの安全を確保することができない。苦渋の決断だった。

3年分の集大成となるはずが、今までの準備が水の泡になった。そのときは歯ぎしりするほど悲観したけれど、今では中止となった経験も価値があると受け止めている。今井さんの口調は明るい。

「私の悲しさを感じ取ってくれたのか、周りにいるたくさん人が声をかけてくれたんです。先輩方はもちろん、開催に向けてやりとりしていた学生支援課の方だけでなく、西本照真学長も私たちを学長室に呼んで、優しく労ってくださいました。『自分が感じないところで実はいろいろな人に支えてもらっているんだな』と気づいたことは一つの財産だったと思っています」

「伝える」「教える」を念頭に就職活動を進める

摩耶祭の中止も前向きに捉えている 摩耶祭の中止も前向きに捉えている

「人に恵まれた大学生活でした」と続ける4年間は「『伝える』『教える』という行為を追求したくて」始まり、その思いはずっと続いた。何かを伝え、教える仕事に就きたかった。

大学祭実行委員会の委員長として発揮したリーダーシップもしかり、学部では教員免許状を手に入れるべく勉学に励んだ。同級生たちが子ども役を務める模擬授業では、それぞれの指導を見て、どんなアプローチが効果的な「伝える」「教える」につながるのかを学んだ。大学4年次には母校の小学校で2週間ほどの教育実習を通し、児童たちに丁寧に伝え、入念に教えた。

無事、小学校教諭一種免許を取得した。けれども、その免許に絶対的なこだわりはなかった。「伝える」「教える」を念頭に就職活動を進めるなかで教育系の仕事を広く見ると、専門学校という選択肢もあることに気づいた。

そして2021年4月、東京都内の専門学校に就職する。ITエンジニアやCGデザイナー、あるいはアニメーターなどを育成する学び舎で教務部に在籍し、ゲーム学科で担任を務めている。学生や保護者から「先生」と呼ばれる今井さんが話す。

「今、専門学校で先生の仕事をこなすうえでは、大学生活での学びがとても役立っています。物事に取り組む際に『なぜ?』を考えてもらうのは教育学部の講義で学んだものですし、面談を重視しているのは委員一人ひとりと話をするように心がけていた大学祭実行委員会の委員長の経験にもとづいています。十分なサポートをしようという気持ちを持っているのは、大学祭実行委員会のときに仲間たちや大学職員の方々に支えてもらったからにほかなりません」

夢をかなえる後押しには大きなやりがいを感じている。先生として話をするとき、今井さんは自然と凛とした表情になった。

※記事中の肩書きは取材当時のものです。また、学校名は卒業当時の名称です。

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