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「『ご縁を大切にし、しあわせをつなげていく』という考え方は仏教の教えを建学の精神に置く武蔵野大学らしいもの」|陳欣さん

文=菅野浩二(ナウヒア) 写真=本人提供、小黒冴夏

■プロフィール
陳欣(チェン・シン)さん|武蔵野大学 教育企画部国際課
中国・貴陽市出身。天津外国語大学に在学中に交換留学生として武蔵野大学で一年間学ぶ。2007年に武蔵野大学大学院言語文化専攻ビジネス日本語コースに入学し、2009年に修士号を取得。日本での一般企業勤めを経て、2015年7月から武蔵野大学の教育企画部国際課に勤務する。外国人留学生の受入業務を担当したのち、日本人学生の海外留学をメインに担当しながら海外協定校との「ダブル・ディグリー」のプログラムを推進。とりわけ中国語圏に留学する学生を多数送り出してきた。武蔵野大学同窓会むらさき会の海外支部にあたる中国同窓会や天津外国語大学留学経験者同窓会の立ち上げなどにも携わった。好きな言葉は「Make it Count(毎日を大切に/悔いが残らないように全力で取り組む)」。自分を打破することが趣味で、2022年にはスキューバダイビングを始めた。

二つの大きな縁に恵まれた交換留学生時代

「ご縁」という言葉が繰り返し口から出てくる。武蔵野大学で学んだ時間の影響は大きい。

陳欣(チェン・シン)さんは現在、武蔵野大学の教育企画部国際課の職員として働く。中国貴州省の省都である貴陽市で生まれ育ち、天津外国語大学の日本語学科に進学。2年生のとき、武蔵野大学と海外協定校であることを知る。交換留学の制度に興味を引かれ、手を挙げた。

「中国で学んだ日本語や日本文化、あるいは日本社会に対する知識がどれくらい通用するのか試したかったですし、多くの先輩が武蔵野大学に行っていたので安心して学べると思いました」

2004年に来日し、一年間の交換留学生活が始まった。日本語・日本文学科に在籍し、同じ天津外国語大学からの留学生とともに武蔵野キャンパスに通った。「女子大時代の名残りかもしれませんけど、留学してすぐ全体的に柔らかい雰囲気を感じましたね」と話す。

日本語教育や国際政治、さらには英語など、興味のある分野の講義に参加する日々。異国の地での学びでは二つの大きな縁に恵まれた。のちに日本語コミュニケーション学科長や言語文化専攻ビジネス日本語コースのコース長も務めた堀井惠子先生との出会いと、国際交流や留学に関わる国際課とのつながりだ。陳さんは振り返る。

「堀井先生は日本のお母さんみたいな存在です。学習面はもちろんのこと、留学生の気持ちをよくわかってくださって、異文化衝突による悩みもよく聞いて都度適切なアドバイスをくださるなど、いろいろとお世話になりました。一方で、国際課の方々はふるさとを離れた留学生がいかに孤立せず日本社会や日本の大学生活に適応できるか、たくさん知恵を絞って支援してくれました」

国際課の職員は、ごみ捨てのルール、アパート探し、アルバイト探し、友達づくりなど、細かい部分にまで気を配り、親身になってアドバイスをくれたという。学内外でさまざまな説明会やイベントを企画開催し、留学生と日本人学生をつなげてサポートし合えるマッチングの機会を提供したり、表情が暗い学生を見て「最近大丈夫ですか」と呼び止めたり、事故に遭った友人のサポートをしたりしてくれる姿は強く胸に響いた。陳さんは続ける。

「堀井先生と国際課の『ご縁を大切にする』『人のために尽くす』という考え方は仏教の教えを建学の精神に置く武蔵野大学らしいものですし、私自身も大きな影響を受けています」

人に寄り添う仕事がしたくなったとき、再び縁が人生を動かす

修士1年目には武蔵野大学学長杯「日本語スピーチコンテスト」で第2位の成績を収めた 修士1年目には武蔵野大学学長杯「日本語スピーチコンテスト」で第2位の成績を収めた

交換留学を終えて中国に帰国し、日系企業で働いていた陳さんのもとに一本の連絡が入る。日本のお母さんからだった。大学院にビジネス日本語コースを立ち上げたからそこで学んでみないかと堀井先生が誘ってくれた。ほとんど迷わず、受験を決めた。外国人として日本社会で自立し、日本人に見劣りせず、ともに仕事ができるのかを試してみたい思いがあった。

2007年に武蔵野大学大学院の言語文化専攻ビジネス日本語コースに入学。中国人、モンゴル人、韓国人、インドネシア人など同じ留学生とともに講義を受け、堀井先生からも引き続き学んだ。修士1年目に臨んだ武蔵野大学学長杯「日本語スピーチコンテスト」では2位に輝くなど、大学院生活は濃厚だった。

「ビジネスモデルや企業のケーススタディを中心に、3、4人で取り組むグループワークが多かったのが印象に残っています。一つの課題やケースについてそれぞれが調べてきて、意見をまとめて全員の前で発表して再度内容の精度を上げていくというもので、今から考えると仕事と同じような流れですよね。有名企業の方を招いての講義もとてもためになりました」

社会人時代の2014年、武蔵野大学が催した国際シンポジウムに聴衆として参加。ここで縁がつながり、母校で働くことになった 社会人時代の2014年、武蔵野大学が催した国際シンポジウムに聴衆として参加。ここで縁がつながり、母校で働くことになった

2年間の学びを終えて2009年に修士号を取得し、日本の上場企業に就職する。経理、営業企画、営業管理、人事、法務、総務、経営管理、管理本部室などを経験し、マネージャーに昇進。大学院進学時に掲げた「外国人として日本で自立して仕事ができる」という目標が達成できたような気がした。

その後、企業の管理部門にひと通り携わったのち、それまでの経験を生かしてもっと人に寄り添う仕事がしたいと考え、人材派遣会社に転職する。海外BPOチーム要員としてベトナムで日本のデータセンターの立ち上げに関わった。ベトナムの日本語学習者を束ねて取引先の必要なデータベースを構築する役目を担ったが、貪欲に日本語を学習し、日本のことを理解しようとするベトナムの人たちの姿勢がかつての自分に重なった。

そして再び縁が人生を動かす。ベトナムのプロジェクトに携わっているのと同時期の2014年12月、学生時代に国際課でお世話になった職員に誘われ、国際課が運営に携わる「グローバル人材育成のために日本語教育が果たす役割」という国際シンポジウムに観衆の一人として参加。心が大きく揺さぶられた。あらためて「人を育てる」土壌の重要性に気づかされ、同時に多くの日本語学習者が願う母国と日本の友好に自分の力を発揮したいと強く思うようになった。シンポジウム後、その会合に誘ってくれた職員と話す機会があり、新たな道が見えた。

「国際課の人手が足りないと聞いたんです。日本に来た留学生にとって国際課は家族のような存在。武蔵野大学や武蔵野大学の国際課と出会わなければ今の自分もいないと思い、せっかくいただいたご縁を国際課の一員として後輩学生につなげると同時に、大学の国際化に貢献したいと考え、キャリアチェンジを決めました。私自身もちょうど、自分のアイデンティティや経験をより多くの人の役に立てたいと思っていたところだったんです」

協定校を増やし、中国語圏への派遣留学生を送り出し、「ダブル・ディグリー」を拡大する日々

2015年7月に母校の教育企画部国際課に入職した。日本での豊富な社会人経験を生かし、エネルギッシュに「ご縁返し」を実現していく。

入職当初は外国人留学生の先輩として自分がしてもらったことを参考に積極的に外国人留学生の支援業務に携わった。同時に大学の国際化を推進する過程の中で、自ら主導して協定校を15校ほど増やした。その後、海外協定校への長期派遣留学に関わる。とりわけ中国と台湾への長期派遣に力を入れ、コロナ禍前の2019年の前期では、中国と台湾へ長期留学する学生を長期留学総人数の4分の1を占める割合にまで引き上げた。海外に渡った64人の学生のうち16人が中国か台湾での挑戦を選んでいる。

長期留学経験者の学生が帰国後も継続的に支援にあたった。中国語スピーチコンテストやイベントへの参加を促し続け、今では武蔵野大学の中国語圏留学経験者は常にスピーチコンテストで受賞すると好評を受けるようになった。長期派遣留学を推進すると同時に、2019年から2020までの2年の間に複数の協定校と調整し、それぞれの教育課程の実施や単位互換などを通して双方の学位を授与し合う「ダブル・ディグリー」を12大学と締結させた。目が回るような忙しさだが、やりがいは大きい。

「学生と学生をつなげる、学生と大学をつなげる、大学と大学をつなげる、中国の故郷である貴陽市と日本の故郷である東京をつなげる、中国と日本をつなげる、という仕事はまさに私がやりたかったこと。国際課の職員を中心にしてもらったのと同じように、自分が持っているアイデンティティと日本語能力、コミュニケーション能力を生かしながら、日本人学生と外国人留学生に関係なく後輩にあたる学生たちにご縁を渡していきたいと考えています。学生のしあわせを形にすることで母校のさらなる発展に貢献し、さらに大きな目標でいうと日中友好にも力を捧げて、国境を超えたしあわせの輪をどんどん広げていきたいです」

新型コロナウイルスが流行し始めた2020年2月には、武蔵野大学で学んだ中国人卒業生の協力を得て、深刻な医療物資不足に陥っていた母国の中国にマスクを寄贈。2カ月後にマスクの寄贈先だった中日友好医院から武蔵野大学にマスクが送られてきて、あらためてご縁の大切さを感じた。

縁をつなぎ続けてくれた母校に寄せる愛情は強い。卒業生だからこその使命を感じている。

「大学や大学院はその人の人生の土壌みたいな部分もあると思うんです。海外の大学では卒業生からの寄贈や寄付が自然に行われているところも少なくないですよね。卒業生や修了生は大学とのご縁を大切にし、何かしらの形で自分が育った土壌をより豊かにし、母校の発展にかかわるような気持ちを持つ卒業生や修了生が増えていけばいいなと思っています」

  • 2016年、留学生たちと摩耶祭を楽しんだ

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  • 貴州少数民族衣装展を黎明祭(有明キャンパスでの大学祭)で実施

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  • 2019年、貴州大学とのダブル・ディグリー合意書調印式にて

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  • 2019年には中国同窓会の設立に携わった(前列左から2人目)

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  • コロナ禍の2020年には母国の中国にマスクなどを寄贈

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  • コロナ禍にあって中国との交流は中日友好医院を窓口に行った

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  • 2021年、国境を越えた助け合いを評価され「Creating Happiness賞」を受賞

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  • 「外国人だからこそ武蔵野大学に対してできることがある」と話す

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※記事中の肩書きは取材当時のものです。また、学部・学科は卒業当時の名称です。

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