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『源氏物語』を読む視点をたどって|小林雄大さん

文=菅野浩二(ナウヒア) 写真=本人提供、鷹羽康博

小林雄大(こばやし・ゆうだい)|東京都立産業技術高等専門学校 ものづくり工学科 助教

山梨県出身。山梨県立甲府西高等学校で学んだあと、2018年3月に武蔵野大学の文学部日本文学文化学科を卒業。その後、筑波大学大学院に進学し、2020年3月に修士号、2026年3月に博士号を取得している。武蔵野大学に在学中の思い出としては、地元の石和温泉でアルバイトをしていたことや、友人たちと静岡や金沢を旅行したことを挙げる。趣味は美味しいものを食べること。

『源氏物語』がどう読まれてきたかの研究に励む

『源氏物語』を読み解く視点を、じっと見続けている。

千年以上も前の平安時代に紫式部が記した全54帖からなる長編小説がいかに解釈されてきたかを研究しているのが、小林雄大さんだ。2018年3月に武蔵野大学の文学部日本文学文化学科を卒業した。現在は研究に励むと同時に、東京都立産業技術高等専門学校の国語教員として教壇に立つ。

「世界最古の長編小説」とも言われる『源氏物語』は、主人公の光源氏が数多の女性と浮名を流しながら栄華を極め、その死後の子孫の悲恋まで描く壮大な物語だ。多彩な展開ゆえ、読み解き方も解釈の仕方も多岐にわたる。小林さんが説明する。

「『源氏物語』の注釈書で言うと、平安時代末期に藤原伊行が編纂した『源氏釈』が早い例と考えられています。その少しあとに藤原定家が記した『奥入』も『源氏物語』の注釈書としては有名です。昔は『源氏物語』のなかにある表現を生かして貴族たちが自分の和歌をつくることをめざしていた時代がありまして、その文脈では和歌を詠むことを目的として、『源氏物語』が実用的に読まれていた部分もあるんです」

千年以上も前の大作だから、時代ごとに読み方や存在意義が異なり、そこに奥深さがあるという。『源氏物語』や紫式部の魅力を受け継いできた先人たちに敬意を払いながら、日々、研究に打ち込む。東京都立産業技術高等専門学校の校舎の一角に用意された研究室で数々の文献をひもとき、『源氏物語』に影響を受けた和歌や描写に出合うたび、やりがいが強まる。

『源氏物語』に本格的にふれたのは大学3年生のときだ。自宅のある山梨県の石和温泉から武蔵野キャンパスまでは電車で片道2時間ほどかかる。往復での約4時間を利用して、まずは現代語訳も参考に読み進めていった。小林さんは振り返る。

「3年生のころは川村裕子先生のゼミで菅原孝標女の『更級日記』を中心に読んでいました。『更級日記』には『源氏物語』への憧れが強く現れているんですよね。であれば影響を与えた本のほうも読んでおく必要があるだろうと思い、地道に『源氏物語』を読み続けました」

「武蔵野」という場所に、文学の香りを感じた

山梨県立甲府西高等学校で学んでいたころは、平安時代の古典とは全くの無縁だった。理系クラスに在籍し、「生物を研究したい」と思っていた。「でも、いかんせん数学や科学が得意じゃなかったんですよね」と苦笑する。

「自分が好きで得意なことはなんだろう」と自問自答すると、「文章を読むことだ」という答えにたどり着いた。高校3年生の秋、まさに受験を目前にして“文転”を図った。武蔵野大学の文学部日本文学文化学科を選んだ理由の一つは、太宰治や国木田独歩といった文豪が愛した「武蔵野」という場所に、文学の香りを感じたからだという。教育職員免許状を取得できる教職課程が用意されている点も魅力に思えた。

入学してほどなく、運命の出合いを果たす。古典文学にぐっと魅了された。小林さんは話す。

「1年生のときに受けた鈴木泰恵先生の授業で『伊勢物語』などを読んだんですが、『古典にも普遍的な人間の面白さが描かれているんだな』と感動したんです。1年次には、のちにプレゼミやゼミでお世話になる川村裕子先生とも接点を持っていて、川村先生の研究室に何度かおじゃましているうちに『将来は古典の研究者になりたい』と進路を定めました」

1年次では八丈島をめぐった記憶も色濃い。学部の垣根を取り払ったフィールド・スタディーズ(FS)と呼ばれる宿泊プログラムに参加し、フェリーに10時間ほど揺られて太平洋上に浮かぶひょうたん型の離島を訪れた。八丈島で過ごした数日間では現地の子どもたちと交流するだけでなく、経済学部、教育学部、看護学部などさまざまな学部の同級生たちとコミュニケーションをとり、多様な価値観にふれる大切さを知った。加えて、一人でいることよりも、誰かといることの居心地の良さを味わった。

自分の世界が広がることの喜びを知ると、山登りが好きで『山梨の峠』という本も出版していた祖父の影響もあって、2年次には山岳部に入部する。文学部以外にも友人が大勢でき、学生生活はさらに充実した。「いろんな人と話すことができたのは武蔵野大学時代の大きな財産です」と顔をほころばせる。

教育実習はしたが、就職活動はしていない。川村先生や寺島恒世先生のもとで古典文学を学ぶうちに「将来は古典の研究者になりたい」という思いがより強まった。『源氏物語』の注釈の研究に打ち込める場として選んだのが筑波大学の大学院で、受験勉強に励み、2018年の初春に合格を勝ち取った。

  • 4年次には寺島恒世先生(左)のゼミで学んだ

    4年次には寺島恒世先生(左)のゼミで学んだ

  • 岩城賢太郎先生(左)とは今でも接点があるという

    岩城賢太郎先生(左)とは今でも接点があるという

「一番の目標は『源氏物語』の注釈に関する本を出すことです」

筑波大学大学院では人文社会科学研究科の文芸・言語専攻に籍を置き、吉森佳奈子先生のもとで研究を重ねた。博士課程の2022年12月には「全国大学国語国文学会第126回令和4年度冬季大会」で行った研究発表「祐倫『光源氏一部歌』における『源氏釈』享受の実態について」で研究発表奨励賞を受賞。その後も研鑽を積み、2026年3月には「『源氏釈』の基礎的研究」という論文で博士号を取得した。

博士号を得る前に教鞭を執り始めた。現在働く東京都立産業技術高等専門学校では、2025年4月に助教に就任。2026年4月からは1年生の担任を務めている。40人に目を配る日々は大変そうに思えるが、大きな気負いはない。小林さんが明かす。

「高専は大学と同じく『高等教育機関』に分類されます。5年間の一貫教育を通して技術者として独り立ちしてもらう場所なので、なるべく自分で決めたり、選択したりしてほしいと考えています。いろいろな相談を受けますが、私一人で答えを出すことは基本的にありません。研究者としても教師としても柔軟性を失いたくないと思っていて、担任として学生と向き合う際はほかの先生の意見も聴くようにしています」

「古典の研究者になりたい」という夢をかなえた今、「研究者と教師の二足のわらじはぎりぎり履きこなせている気がします」と謙遜気味に答える。教壇に立つのは一日1コマか2コマで、ほかの時間は授業の準備や自分の研究に費やせる。夢に向かう学生たちに伴走しながら、『源氏物語』がどう読まれてきたかを掘り下げ続けている。数えきれないほどの書籍に囲まれた研究室で「研究者としての信念はなんですか?」と問うと、「研究発表や論文執筆を続けることです」と、凛とした表情を浮かべた。

その先には明確な夢がある。小林さんは歯切れよく言う。

「一番の目標は『源氏物語』の注釈に関する本を出すことです。博士論文のなかにも『まだまだもっとこうすればよかったな』とか『これが足りていなかったな』と思う要素があったので、そうした部分を追究して学会発表などを重ねて、一冊の本にまとめるのが夢です。武蔵野大学文学部の土屋忍先生や岩城賢太郎先生、楊昆鵬先生や三浦一朗先生などとは今でも接点がありますし、研究を続けるうえでそういった縁には本当に感謝しています。まだまだ力不足ですが、『いずれ母校で教えられれば』と思うこともあります」

※記事中の肩書きは取材当時のものです。また、学校名は卒業当時の名称です。

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