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子どもたちの笑顔を生きがいに|齋藤晶さん

文=菅野浩二(ナウヒア) 写真=本人提供、小黒冴夏

齋藤晶(さいとう・あきら)さん|レインボーバイリンガルハウス代表・校長
東京都出身。東京都立国際高等学校で学んだあと、2020年3月に武蔵野大学教育学部の教育学科(2019年3月まで児童教育学科)を卒業。辛い食べ物が好きで、大学時代は蒙古タンメン中本でアルバイトをしていた。一般企業勤めと私立小学校の教員を務めたのち、2022年10月14日にRainbow Bilingual House合同会社を立ち上げ、2023年4月に英語教室「レインボーバイリンガルハウス(Rainbow Bilingual House)」を開校させた。趣味は運動で、バスケットボールやピラティス、スイミングやフットサルを楽しむ。

「子どもたちの人生に良い影響を与えたいと思ったんです」

大学卒業から2年半後、会社を立ち上げた 大学卒業から2年半後、会社を立ち上げた

「物件が見つかったのはオープンを考えている時期よりもだいぶ早かったのですが、『ここだ!』という運命的な出会いを感じたので、すぐに契約することに決めました。仕切りのない建物という点も気に入りましたね」

齋藤晶さんが明るく話す。東京都目黒区の閑静な住宅街に建つ2階建ての一戸建てを、自身が代表と校長を務める英語教室「レインボーバイリンガルハウス(Rainbow Bilingual House)」として使用している。

2歳から5歳まで、外資系企業で働く父の仕事の関係でアメリカのバージニア州で過ごした。中学卒業後はグローバル教育に定評がある東京都立国際高等学校に進学し、英会話能力をさらに磨いた。高校時代はカナダへの短期留学も経験している。現在は自身が立ち上げた英語スクールで、教育に関する知識や指導力、さらには英語力といった武器を生かす日々を送る。

ただし、大学選びに際して国際教養と英語力を伸ばす考えはあまりなかった。もっと学びたいことがあった。齋藤さんは明かす。

武蔵野キャンパスでは並木道が好きだった 武蔵野キャンパスでは並木道が好きだった

「私は年少がアメリカ、年中が赤羽の幼稚園、年長が目黒区の幼稚園だったんです。3年間違う先生方と接したんですが、そのどの時間もすごく印象に残っていて。自分の生き方に強い影響を及ぼしてくれた存在でしたし、私自身もそういうふうに子どもたちの人生に良い影響を与えたいと思ったんです。弟の世話をするのも小さなころから好きでしたし、そう言えば、中学や高校の職場体験でも自然に保育園を選んでましたね」

武蔵野大学を選択肢の一つとしたのは、教える立場としての幅が広がると感じたからだという。2019年4月に教育学科に名称変更することになる児童教育学科では、必修の授業で保育士資格と幼稚園教諭一種免許状だけでなく、講義を追加すれば小学校教諭一種免許状を取得することができた。この三つを同時に得られる学び舎は少なく、武蔵野大学に魅力を感じ、オープンキャンパスにも足を運んでいる。教育熱心な父も、学修環境のよさを理由に武蔵野大学を勧めてくれた。

キャンパスを飛び出した学びで得た財産が少なくない

入学してほどなく、曰く「人生観が変わるような経験」を得た。武蔵野大学が特に力を入れる学外学修プログラムのフィールド・スタディーズでカンボジアを訪れる。学部や学科の垣根を超えたグループで開発途上国の光と影を目の当たりにし、自分の生き方を深く考えさせられた。齋藤さんの表情が引き締まる。

「カンボジアでは現地の村に数日間宿泊して、決して豊かではない環境のなかで過ごす人たちを目の当たりにし、いろいろと考えさせられました。貧困問題を解決しようと、現地の香料を使ったアロマ製品を生産して販売している日本人のビジネスパーソンの方に会う機会もありましたね。村の人たちが、私たちがお風呂に入れるようにわざわざ川から水を汲んできてくれて、心からの優しさにふれることもできました。プラネタリウムかと思うぐらい夜の星空が綺麗だったのも印象に残っています」

武蔵野キャンパスに目を移せば、同じ志を持つ者同士、児童教育学科では友だちづくりには困らなかった。小学校教諭一種免許状を取得するための講義も受講していたから、そちらで仲良くなった同級生もいた。櫻井千佳子先生の情熱的な指導が強く心に残る英語のクラスでは建築学部の友人もできた。

武蔵野大学で過ごした4年間においては、座学にとどまらず、キャンパスを飛び出した学びで得た財産が少なくない。齋藤さんは振り返る。

「いろいろと体験できた実践学修は思い出深いです。保育園、幼稚園、小学校だけでなく、母子生活支援施設でも実習をしました。もちろん、現場での実習に向けて生徒同士で模擬授業を行った時間も自分の力になりましたね。おかげさまで、入学前に望んでいたとおり、保育士資格と幼稚園教諭一種免許状に加え、小学校教諭一種免許状を取得することができました。この三つを持っていることは私自身の強みだと感じています」

「武蔵野大学で学んだからこそ今があると思います」

卒業制作では仕掛けが豊富な布絵本をつくった 卒業制作では仕掛けが豊富な布絵本をつくった

卒業後は学習塾の運営などを手がける企業に就職する。配属された営業職は十分に楽しかったけれど、コロナ禍にあって自分が生きたい人生を見つめ直す時間が増えた。もっと子どもの笑顔に直接関わる場所で働きたい──そう考えた齋藤さんは転職を決意した。

新たに選んだ就職先は、国際教育に力を入れている私立小学校だ。担任を持ち、国語や道徳に加え、英語で教えるアートの授業でも教壇に立った。元気いっぱいな子どもたちと接しているうちに、夢がどんどん膨らんでいく。もっと自分の責任で、自分の目の届く範囲で子どもと接してみたいという思いが強まっていった。その背中を押してくれたのが、昔から自身の教育を支えてきてくれた父だったという。

「あるとき『将来的には自分で英語スクールをやりたいと思っている』と相談したら、ちょうど早期退職をするタイミングだった父が『将来的になんて言わないで今やればいいじゃないか』と後押ししてくれて。その言葉に力をもらって、2022年の秋にRainbow Bilingual House合同会社を立ち上げました。それから目黒区の一戸建てを借り、半年後には『レインボーバイリンガルハウス(Rainbow Bilingual House)』という英語教室を開校したんです」

武蔵野大学での学びを生かし、英語教室を運営する 武蔵野大学での学びを生かし、英語教室を運営する

2024年4月に1周年を迎えたレインボーバイリンガルハウスでは、主に未就学児から小学生を対象とした英語アフタースクールを展開している。「自分の目の届く範囲で」という信念からスタッフ1人に対し子どもは4人以下という少人数制を採用し、英語の4技能だけでなく、イタリアで生まれたレッジョ・エミリア教育を活用して子どもたちの個性を伸ばす時間を大切にし、さらには中学生や高校生、大学生や社会人に向けたクラスも開講している。

「武蔵野大学で学んだからこそ今があると思います」と胸を張り、齋藤さんは続ける。

「たとえば子どもの心と向き合う児童心理学の講義は今の仕事にとても役立っていますし、そのころのノートを見返すこともあります。小さなときから培ってきた英語力に加え、武蔵野大学での学びを通して、保育士資格、幼稚園教諭一種免許状、小学校教諭一種免許状の三つを得たからこそ、英語アフタースクールで丁寧に子どもたちと接することができていると実感しています。教育実習で生徒さんを受け入れたり、特別講義を行ったり、武蔵野大学には何かしらの形で恩返しできたらいいなと思っています」

※記事中の肩書きは取材当時のものです。また、学校名は卒業当時の名称です。

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