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猫たちと、生きる|白川晴香さん

文=菅野浩二(ナウヒア) 写真=本人提供、小黒冴夏

白川晴香(しらかわ・はるか)さん|保護猫活動家
滋賀県甲賀市出身。2011年3月に武蔵野大学環境学部環境学科環境学専攻(現 工学部サステナビリティ学科)を卒業。2013年の夏にはカンボジアの教育環境を特に支援する「earth tree(アースツリー)」の活動をボランティアで手伝い、「代表理事のかでさんや理事のぐりこさんには大変お世話になりました」と話す。4年生のときに参加していた学友会執行部のメンバーとは現在も付き合いがあり、年に一度くらいは集まっているという。

2023年10月に、保護猫シェルターを立ち上げる

幼いころから猫が大好きだった 幼いころから猫が大好きだった

小学2年生のころだったか、姉が見つけた捨て猫を一緒に拾ってきたことがある。手のひらにのるほどの小さな小さな猫を救った経験が、ひょっとしたら今につながっているかもしれないと思う。

白川晴香さんは2023年10月に、保護猫シェルターの「ねことよつば」を立ち上げた。埼玉県鴻巣市に中古住宅を購入し、一部をシェルターに充てて、行き場を失った10匹の猫の面倒を見ている。祖母の影響で幼いころから猫が大好きで、将来は飼い主がいない猫たちを見守る場所をつくりたいと夢見ていた。

卒業後はカンボジアでボランティアも経験 卒業後はカンボジアでボランティアも経験

2011年3月に武蔵野大学環境学部の環境学科環境学専攻(現 工学部サステナビリティ学科)を卒業後、NPO法人の動物愛護団体で働いたり、ボランティアをしたりするなかで、自分なりのシェルターを運営したい気持ちが強まっていった。白川さんは説明する。

「現実問題として何匹もの猫を保護するにはお金がかかるんです。毎日の食事代を含む生活費はもちろん、感染症の予防と病気の発見につながる医療費も必要です。保護猫活動を誰かのもとでやるのもいいとは思ったんですが、自分でつくったほうがより責任を持って運営できるし、まずはそのためのお金を貯めることに注力しました」

自前の保護猫シェルターの発足を目標に設定した白川さんは、遮二無二働いた。リゾートバイトで20代前半を過ごし、その後は東京で派遣社員も経験した。10年ほど倹約した生活を続け、広く金銭的支援を求めるクラウドファンディングも利用して、シェルターにも使う築50年ほどの一戸建てを購入し、当面の保護に使う資金を用意した。

鴻巣市で保護猫シェルターを運営するにあたっては、地元の保健所に第二種動物取扱業の届出を提出している。この届出を出すことで、保護したり引き取ったりした猫を正式に第三者に譲ることができる。

卒業論文のテーマは「人間はなぜ環境を守るべきなのか」

武蔵野大学を選んだのは、環境学科があったからだ。環境保全につながる動物保護に携わる仕事にいずれ携わりたかった。「北海道の『ムツゴロウ動物王国』を中心に動物愛護活動をしている畑正憲さんに憧れていたんですよ」と明かす。

実際に入学して感じたのは、先生たちの熱量だ。久富健先生、矢内秋生先生、門多真理子先生、野田浩二先生、村松陸雄先生……お世話になった教師陣の名前がすらすらと口から出てくる。どの先生の講義にもぐっと引き込まれたから印象深い。白川さんは笑顔を浮かべる。

「先生たちは自分が好きなことを一生懸命に研究していて、その面白さを伝えようという熱意を感じたんですね。それぞれの先生がエネルギッシュで、講義はどれも楽しかったです。それから、先生方が学生一人ひとりの顔と名前を覚えてくれていて、名指しで意見を求められることもあって、各々の存在を把握してもらえているのはうれしかったですね」

特に好奇心をそそられた講義は環境哲学だった 特に好奇心をそそられた講義は環境哲学だった

人間関係学部の環境学科環境アメニティ専攻(2009年4月に環境学部環境学科環境学専攻に改組)の学びにおいて特に好奇心をそそられた講義は、久富先生が教壇に立つ環境哲学だったという。自然環境とそこに関わる人間のあり方を哲学的に追究する学問に心をつかまれた。中高生時代にフランス人のルネ・デカルトを通して哲学には少しふれており、客観的かつ理性的な視点で、関心のある環境を探究する学問は自分にうってつけだった。

4年次の卒業論文も環境哲学の観点から書き上げた。「人間はなぜ環境を守るべきなのか」をテーマに掲げ、データや数字で根拠づけるのではなく、人間の存在意義や社会のあり方を絡めて、なぜ環境を守らなければいけないのかを論じていった。白川さんは話す。

「人間が環境を守るべき理由をじっくりと考えた時間は、自分にとって大きな財産になりました。『守る』という行為に哲学的に向き合ったからこそ、自分で保護猫シェルターを立ち上げるという夢をしっかりと掲げ、それを実現できたんだと思っています」

3年生のときには学友会執行部で活動

在学時は美術部の部長も務めた 在学時は美術部の部長も務めた

「武蔵野大学では自分を解放しました。やりたいことに全部挑戦したんです」と笑う。

籍を置いた部活や同好会は四つに及ぶ。美術部では主に水彩画を描き、漫画研究部では茨城県のペンションで行った合宿で一人一枚を描くリレー漫画を仕上げ、ドレスメーカー同好会では古着のリメイクでワンピースをつくり、通称「むさオケ」として知られる武蔵野大学管弦楽団では生まれて初めてチェロに挑戦した。講義が終わったあとは筆やペンを走らせ、裁縫道具を操り、4本の弦を弾いた。交友関係は広く、文字どおり濃厚な大学生活を過ごした。

3年次には学友会執行部で活動。左端が白川さん 3年次には学友会執行部で活動。左端が白川さん

所属したのは四つの団体だけではない。白川さんは思い出す。

「美術部の部長を務めていたので、2年生のときにクラブ代表者会に入ったんです。それぞれのクラブがより活発に活動できるように大学と連携したり、学友会執行部と予算の折り合いをつけたりする流れで、3年生のときに学友会執行部に入りました。学友会執行部は学友会費の会計や学友棟の管理、執行部が主催するイベントの企画運営などを行うんですが、3年生のころはほぼ毎日、武蔵野キャンパスの学友棟にある執行部室で何かしら作業をしていましたね」

2023年10月に、保護猫シェルターの「ねことよつば」を立ち上げた 2023年10月に、保護猫シェルターの「ねことよつば」を立ち上げた

「アルバイトもしていたし、忙しかったので、周りのみんなみたいに本格的な就職活動はしていないんですよ」と苦笑をこぼす。けれども、時間をつくって4年生の夏に沖縄県にあるNPO法人の動物愛護団体で3週間ほどのインターンシップをこなし、そのまま内定を勝ち取った。そこでの経験を生かし、自ら手がける保護猫シェルター「ねことよつば」を順調に運営していくのが今の目標だ。白川さんは目を輝かす。

「まずは立ち上げたばかりなので『ねことよつば』の認知度を上げたいです。新しくつくったホームページなどから情報を発信していきたいですね。今は夜勤の事務で働いていて、そこで得たお給金を猫たちの保護に充てています。今後はより多くの猫を保護して、その猫たちの次の行き先をきちんと見つけ続けていきたいです」

※記事中の肩書きは取材当時のものです。また、学校名は卒業当時の名称です。

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