静謐の聖語板に見出してきたこと
有明キャンパス正門、武蔵野キャンパス正門・北門に設置されている「聖語板」を覚えていますか?
先人のことばを月替わりに掲示しています。
在学時、何気なく見過ごした言葉、瞬時に腑に落ちた言葉、場面を具体的にイメージできる一文、また、思わずその意味を自身に問い掛けた経験はありませんか。
そして、1カ月間、朝に夕に目にすることで、じっくりと心に沁みこんでくる言葉がありませんでしたか?
今も変わらず、「聖語板」は学生に、教職員に、大学を訪れる人に静かに語りかけています。
10月の聖語
何万回の「頑張れ!」より たった一度の「つらかったね 大丈夫?」
その一言が有難い
お寺の掲示板より
10月の聖語板
「頑張れ!」という言葉、非常に使い勝手がよいですよね。
試験に向かう我が子へ「リラックスして頑張れ!」
ゴール目前のランナーに「あと少し!頑張れ!」
プレゼンにのぞむ同僚に「堂々とね!頑張れ!」
などなど、私たちは実にさまざまな場面で「頑張れ!」と言っているような気がします。
「頑張れ!」に背中を押してもらった経験のある人も多いことでしょう。あと一歩踏み出す勇気をもらった人もいることでしょう。けれど、ふと考えるのです。「頑張れ」という言葉は、受け取る側に気力や体力、そして前を向くための余力が十分に残されているときにこそ、力を発揮する言葉なのではないかと。
もしも、その相手が実は心身ともに限界に近い状態だったとしたらどうでしょうか。
プロジェクトリーダーを任された同僚へ「期待してるよ!頑張れ!」
手術を控えた友人へ「きっと大丈夫。頑張れ!」
その同僚が仕事だけでなく家庭の問題も抱え、すでに精一杯の状態だったとしたら。
その友人が病気への不安で心を擦り減らしていたとしたら。
良かれと思ってかけたその「頑張れ!」は、相手の心に届くどころか、「これ以上何を頑張ればいいのだろう」と追い詰め、ギリギリ保っていた心の糸をプツリと切ってしまうかもしれません。
そんな人が本当に必要としているのは「つらかったね 大丈夫?」という優しい寄り添いの言葉。自分の苦しさをわかろうとしてくれる人がいる。受け止めてくれる人がいる。それだけで心って軽くなるものです。頑張る力を取り戻すのは、その後。
相手にとって必要としているのは「頑張れ」なのか。それとも「大丈夫?」なのか。誰かを励ましたいと思ったときは、安易に「頑張れ」と言う前に、まずはその人の心の声に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。
10月。銀杏が実を落としはじめました


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