校友トピックス

令和8年6月の聖語

静謐の聖語板に見出してきたこと

有明キャンパス正門、武蔵野キャンパス正門・北門に設置されている「聖語板」を覚えていますか?
先人のことばを月替わりに掲示しています。
在学時、何気なく見過ごした言葉、瞬時に腑に落ちた言葉、場面を具体的にイメージできる一文、また、思わずその意味を自身に問い掛けた経験はありませんか。
そして、1カ月間、朝に夕に目にすることで、じっくりと心に沁みこんでくる言葉がありませんでしたか?
今も変わらず、「聖語板」は学生に、教職員に、大学を訪れる人に静かに語りかけています。

6月の聖語

「岩もあり の根もあれど さらさらと たださらさらと 水の流るる」

甲斐和里子

そこそこ生きていると、それなりに困難にぶち当たることがあります。そのたびに「もうダメだぁぁ!」と叫びながらもふと思うのは、「今までなんともならないことなんて一度もなかった。だから今回も大丈夫」ということ。慌てず目の前のやるべきことをこなしていけばあら不思議。いつの間にか嵐も過ぎ去り、何事もなんとかなっているものです。

今月の聖語は、京都女子大学の創設者の一人である甲斐和里子さんの詠まれた和歌です。

人生を川に例えるならば、岩や木の根は時折訪れる困難ということになり、しかし水は飛沫を上げ分流しながらもさらさらとその流れを止めることなく、いつしか大海原にたどり着く…といった解釈でしょうか。

と、ついつい「あ~あ~♪ 川の流れのよぉにぃぃ♪」と口ずさんでしまったのですが、そういえばこの歌は甲斐和里子さんの和歌と同じことを言っているでは…と、歌詞を改めて読み返してみました。

雨に降られて
ぬかるんだ道でも
いつかは また
晴れる日が来るから
ああ 川の流れのように
おだやかに
この身を まかせていたい
<抜粋>

「川の流れのように」
作詞:秋元康 作曲:見岳章(1989年)

「おぉやはり!」思わず膝を打ちました。この歌が世に出て37年の月日が経ち、ようやくその意味を理解できるようになったワケです。

もし、今皆さんが困難に道を阻まれていたとしたら、「たださらさらと」その流れに身をまかせてみてはいかがでしょうか。振り返って「なんとかなるもんだ」と思える日がきっと訪れるはずですよ。

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