武蔵野マガジン

MUSASHINO CONNECTION

笑顔がつながっていけば|濵田夏帆さん

文=菅野浩二(ナウヒア) 写真=本人提供、鷹羽康博

濵田夏帆(はまだ・なつほ)|株式会社小泉

千葉県出身。千葉県立国分高等学校で学んだあと、2023年3月に武蔵野大学のグローバル学部日本語コミュニケーション学科を卒業。在学中の2年次には、新型コロナウイルス感染症の蔓延が原因で、1年間のほとんどをオンライン授業で過ごした。4年間では岩田夏穂先生の日本語教育に関する授業も印象に残っているという。趣味は旅行と読書。

「この学科はおもしろそうだ!」という直感がはたらいた

幼稚園児のころから中学3年生まで、英会話教室に通っていた。そのあいだ、グアム、台湾、韓国なども訪れていて、小さなころから世界が身近にあった。多様な文化に興味があった。

高校3年次の夏、いくつもの大学をめぐるなか、武蔵野大学のグローバル学部日本語コミュニケーション学科に照準を定めたのはオープンキャンパスがきっかけだった。濵田夏帆さんは思い出す。

「最初は志望する大学も学部も絞りきれていなかったんです。確か友だちに誘われて武蔵野大学のオープンキャンパスに行ったんですが、そこで日本語コミュニケーション学科という耳慣れない名前を聞いて。『どんなところだろう?』と思って内容を聞いてみたら半分が留学生で、日本語教師になる資格も取れると教えてもらいました。しかも、多文化共生や地域共生も学べると聞いて『この学科はおもしろそうだ!』という直感がはたらいたんです」

“共生”も小さなころから心にとどめてきた言葉だった。2歳年下の妹には難聴の障がいがあり、あちこちにある“見えない壁”が気になっていた。小学生のとき、妹に付き添って支援学校に足を運ぶたびに、ぼんやりとではあるけれど、「いろんな立場の人が笑顔で手を取り合える社会になればいいのにな」という思いが少しずつ芽生えていった。

通っていた千葉県立国分高等学校に武蔵野大学のグローバル学部日本語コミュニケーション学科の指定校推薦枠があったので、そこに手を挙げて合格を勝ち取った。2019年4月、新たな生活が始まると、毎日が刺激的だったという。濵田さんが話す。

「学科の半分くらいを占める留学生の存在は大きかったです。自分の国や日本の日本語学校でしっかりと日本語力をつけたうえで、『母国に帰って日本語の教師をしたい』とか『日本企業に就職したい』という明確な目標を追っている。向こうから積極的に話しかけてきてくれるし、学ぶ意欲や向上心の強さにはかなり影響を受けました」

1年次には学部の垣根を超えた挑戦も経験している。キャンパスの外に飛び出す「フィールド・スタディーズ(FS)」では、他学部の同級生たちと福島県猪苗代町の湖畔にあるホテルに1カ月間泊まり込み、サービスを提供する側からの観光業を体験。ホテルのフロント業務などをこなすなかで、人と人とをつなぐコミュニケーション能力や社会性が磨かれたと感じている。

「アートパラ深川2021」と「わくわくプロジェクト」に力を注ぐ

在学中で最も思い出深いのは、3、4年次のゼミでの時間だという。「社会を今よりちょっとだけマシにしよう」を合言葉にする神吉宇一先生のゼミで2年間、学びを深めた。「共生社会にフォーカスを当てた学びにも取り組める点に魅力を感じたんです」と明かす。

ゼミでは主に二つのプロジェクトに力を注いだ。いずれも“共生社会”がキーワードとなっていた。

一つは3年次の秋に参加した「アートパラ深川2021」だ。障がいのある人が手がけたアートにふれる機会を提供し、その作品群を通してさまざまな人がともに生きる社会の実現をめざす芸術祭の企画や運営に携わっていた。ポストカードを3万枚ほど印刷し、来場者が気に入った作品に貼る「いいねシール」も用意した。濵田さんが説明する。

「妹が難聴だということもあって、私は障がいを身近に感じてきました。大学に入ってから障がいがある人とない人の間にある壁を取り払いたい思いはより一層強まって、そういう点で両者を結びつけるアートパラ深川は意義深かったと感じています。卒業してからもアートパラ深川に行って楽しんでいますし、余裕ができたらまたボランティアをやりたいなと思っています」

  • 学外でのプロジェクトを通して、さまざまな年代や立場の方々と接することができた

    学外でのプロジェクトを通して、さまざまな年代や立場の方々と接することができた

  • 「障がいがある人とない人を結びつけるアートパラ深川は意義深かったと感じています」

    「障がいがある人とない人を結びつけるアートパラ深川は意義深かったと感じています」

神吉ゼミでは「わくわくプロジェクト」にも力を入れた。墨東特別支援学校と連携したキャリア教育はアートパラ深川のつながりから発展したもので、2022年、墨東特別支援学校の生徒たちを武蔵野大学の有明キャンパスに招いている。大学訪問プログラムでは、実際に車椅子の利用者などを案内するなかで、バリアフリー設計にまだまだ向上の余地があると気づき、報告書をまとめて大学に提出した。

アートパラ深川も、わくわくプロジェクトも、自分の世界と可能性を広げてくれたと感じている。濵田さんは言う。

「特にアートパラ深川ではさまざまな年代や立場の方々と接することができました。中にはNPO法人の方もいましたし、大学講師の方もいましたし、コミュニケーション能力が高まっただけでなく、いろいろな話をするなかで視野が広がった実感もあります。わくわくプロジェクトでは自分の意見と同じくらい、相手の意見を大切にする重要性を学びました。アートパラ深川も同様ですが、誰かのアイデアを否定しないこと、その姿勢が自分たちの取り組みの質をも高めていくと感じられた経験はかけがえのないものだと思っています」

卒業論文ではインクルーシブ教育の理想のあり方を提示

卒業論文のタイトルは「高等教育機関における聴覚障がい学生に対する合理的配慮の現状と課題」。日本語コミュニケーション学科での4年間の集大成として考察を重ねた。

3、4年次の「実践」も生かした論文では、大学生になっていた妹やその親友、あるいは特別支援学校で出会った人たちの声に耳を傾け、特に障がいのあるなしにかかわらず、すべての学生が等しく学びに励めるインクルーシブ教育の理想のあり方を提示した。アートパラ深川やわくわくプロジェクトでの経験も落とし込み、武蔵野大学でもバリアフリーのさらなる向上や、聴覚障がいのある人に対して授業の内容を文字で伝える「ノートテイク」のさらなる充実化などを進めるべきだと結んだ。

2023年4月からは株式会社小泉で働く。東京都杉並区に本社を構える住宅設備の総合商社で過ごす日々は掛け値なしに充実している。濵田さんは笑顔を浮かべる。

「営業事務がメインなんですが、経理もやったり、インターンシップ採用のお手伝いもしたり、結構幅広く働いています。いろんな人とコミュニケーションをとるのは楽しいですし、住宅設備の商品は幅広いうえ、次から次に新しい製品が出てくるので、毎日同じ仕事を繰り返すのではなく、日々違ったことに向き合えている点にはやりがいを感じています」

商社は売り手と買い手、製造者と販売先をつなぐ存在だ。そのあいだで双方を幸せにする仕事は、大学時代の取り組みに通じるものがある。留学生や障がいのある人を含め、多様な立場の人々の笑顔を見てきた4年間が社会人としての今に生きているし、今後も母校とのつながりを大切にしたいと考えている。濱田さんが話す。

「武蔵野大学での4年間を振り返ると、『自分もこんな大人になりたいなと思えるような人にたくさん出会えた大学生活だったな』と思うんです。今でもときどき神吉先生と会うんですが、在学生からアートパラ深川やわくわくプロジェクトの話がでたり、意見を求められたりすると、とてもうれしく感じます。人生の少しだけ先輩としてアドバイスするような機会をより増やしていけたらいいですね」

※記事中の肩書きは取材当時のものです。また、学校名は卒業当時の名称です。

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