武蔵野マガジン

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つながりを楽しみながら|堀部佳孝さん

文=菅野浩二(ナウヒア) 写真=本人提供、小黒冴夏

堀部佳孝(ほりべ・よしたか)|株式会社東京ユナイテッドバスケットボールクラブ 共創推進部

埼玉県出身。市川学園市川中学校・高等学校で学んだあと、2010年3月に武蔵野大学の現代社会学部現代社会学科を卒業。在学中はオープンキャンパスの委員長を務めた時期もあり、大学パンフレットの表紙に起用された経験もある。学生時代から「武蔵野大学のイメージアップに貢献したい」という思いが強く、現在はキャリア教育などに関わってみたいと考えている。現在勤める東京ユナイテッドバスケットボールクラブのクラブ理念「MAKE : UNITED」や、クラブビジョン「MAKE : COMMUNITY」は、自身の人生の指針にもなっているという。

※現在の法学部・経済学部・経営学部

東京ユナイテッドバスケットボールクラブで地域を盛り上げる

「東京の新たなスポーツと文化の拠点」となることをめざして建てられた有明アリーナは、「世界に選ばれる、地域に愛されるアリーナ」を運営コンセプトに掲げている。その思いのもと、2019年に創設された東京ユナイテッドバスケットボールクラブ(以下TUBC)は東京都江東区に本拠を置き、有明アリーナをホームアリーナとして使用している。

現在は男子プロバスケットボールクラブであるTUBCの共創推進部で働く堀部佳孝さんだが、当初は別の会社に勤めながらボランティアとしてクラブの運営に関わっていた。2020年3月に有明に引っ越したのがきっかけだったという。

「有明エリアにはコミュニティーが少なかったんです。そこで育った人がいないなかで、つながりを強めようとオンライン自治会をつくりました。実際に地域の方々と交流を深め始めたちょうどその時期に有明にスポーツチームができるという話があり、私が地元住民として地域の人とチームをつなぐ活動をボランティアで手伝うことになりました」

ボランティアから株式会社東京ユナイテッドバスケットボールクラブの正社員になったのは2023年の9月。自身にとって2社目である会社を辞め、TUBCへより情熱を注ぐことに決めた。現在所属する共創推進部では、スポンサー、地域、行政とのつながりを強化するほか、区報に試合の案内を掲載したり、東京都や区と調整して街にポスターを掲示するなど、TUBCをより身近に感じて応援してもらえるような土壌づくりに励んでいる。

TUBCは地域に根ざすことを目的に生まれたスポーツチームであり──立ち上げ当初は選手がいなかったという──有明アリーナを拠点としたTUBCを通して東京ベイエリア全体を盛り上げる日々は掛け値なしに充実している。堀部さんの表情がぐっと引き締まる。

「スポーツは多くの人に愛されるものですし、TUBCが地域を結びつけるハブになっているという実感があります。クラブの理念は『MAKE : UNITED』で、クラブビジョンは『MAKE : COMMUNITY』というもの。人と人とのつながりやコミュニティーを生み出す取り組みには大きなやりがいを感じています」

理系から“文転”、「3浪は僕の大学生活のベースです」

「3浪した経験は僕の大学生活のベースです」と言い切る 「3浪した経験は僕の大学生活のベースです」と言い切る

高校3年生のとき、町の薬局を営んでいた親が病院の近くで調剤薬局を始めた。いずれ継ぐ道も視野に入れ、進路は薬学部を志望した。

ところが、受験では思うような結果が出なかった。長いトンネルを抜けられず浪人生活3年目の秋、熟考の末、調剤薬局を継がないことに決めた。4度目の大学受験を目前に、理系から文系学部をめざす“文転”を図る。実のところ、ぎりぎりのタイミングでの路線変更では選択肢はあまり残されていなかった。堀部さんはあけすけに話す。

「センター試験の国語1教科で受験できるところを探していたら、武蔵野大学の現代社会学部が当てはまったんです。3浪目にアルバイトを始めて『世界は広いな』と感じていたので、『社会』を学ぶことへの関心が高まっていた部分はあったかもしれません。国語は得意科目でしたからセンター試験では満点を取って、無事、武蔵野大学の現代社会学部に合格することができました」

長い受験生活に後悔はない。「3浪した経験は僕の大学生活のベースです」と言い切る。先に大学生になっていた高校時代の友人たちが、その体験から「大学生活でしかできないことをやったほうがいいよ」という貴重なアドバイスをしてくれたからだ。この助言に後押しされ、堀部さんは充実したキャンパスライフを送ろうと心に決めた。

現代社会学部では1年次から勉強にのめり込んだ。経済学、社会学、法学、政治学などの概論を学び、視野が広がるのが楽しかった。同時に、オープンキャンパスの企画や運営を行う学生モニターにも登録。キャンパスツアーや説明会の際には運営や誘導などを担当し、入試では試験官の補助に携わった。

1年次には、曰く「人生を変えてくれた恩師」にも出会っている。キャリアデザインの授業を受け持っていた高須たず子先生だ。「ライフスタイルと職業」という授業では、さまざまな企業の方を招いて、それぞれの仕事や考え方、生き方などを聴く時間があった。

「大学生活でしかできないことをやったほうがいいよ」という言葉を胸に刻んでいた1年生は、ただ授業を受けるだけでは満足しなかった。堀部さんが明かす。

「高須先生の授業を前のほうで聴いていたら可愛がってもらえて、先生が経営する人材教育会社で1年生のときから卒業するまでインターンシップをさせてもらいました。いろいろな企業の方を紹介していただきご飯を食べに行ったりしたこともあります。高須先生と一緒にいることで、社会の仕事を垣間見られた部分があったと思います」

3年次には、高須先生の知り合いに紹介してもらい大手広告会社の関連会社でインターンシップを経験。展示会のディレクター的な立場を任され、アルバイトの人材確保などを行った。

多様な人間関係を通していわば社会性が高まった

サークルは美術鑑賞などを行うトリコロールフランス研究会と、軽音サークルのハワイアンクラブに在籍した。トリコロールフランス研究会では2年次に部長に就任している。

代表も務めた学生モニターや高須先生との関係、あるいはインターンシップやサークル……堀部さんの大学生活は人と人とのつながりが濃厚だった。「大学生活でしかできないことをやったほうがいいよ」という助言に従いのぞんだ大学時代は、多様な人間関係を通していわば社会性が高まった時期であり、就職活動の際のエントリーシートは必然的に充実したものになった。

大学3年次の2008年に、アメリカの投資銀行大手リーマン・ブラザーズが史上最大級の負債で倒産したことをきっかけに世界的な経済危機が訪れた。俗に言う「リーマン・ショック」によって多くの企業が新卒採用を控えるなか、複数の内定を勝ち取ってみせた。堀部さんは「大学時代はいろいろとやりきった自信があったからだと思います」と自己分析する。

世界的な精密化学メーカーの関連会社で社会人生活をスタートさせ、そこでは約9年間勤務した。その後、キャリアアップを図り、日本を代表する大手総合電機メーカーの系列会社に転職する。ビジネスパーソンとして新たな道を歩み始めたころに出合ったのが男子プロバスケットボールクラブのTUBCだ。休日を返上しながらボランティアとしてTUBCに関わるなか、江東区をはじめとする湾岸エリアのコミュニティーを広げる業務に本腰を入れる決意を固め、キャリアチェンジを果たすことにした。堀部さんが表情を崩す。

「TUBCの仕事は取り組んだぶんだけ達成感がありますし、今までになかったやりがいを感じています。人と人をつなげて地域を盛り上げる過程で、『TUBCがあってよかった』『堀部さんだから協力しますよ』と言ってもらえるのは本当にうれしいですね。今は母校である武蔵野大学とも何か連携できないかと考えています」

3浪して入学した武蔵野大学ではさまざまなコミュニティーに足を踏み入れ、そのぶん、社会性や行動力がついたと感じている。武蔵野大学で育んだ対人能力や推進力を携え、つながりを楽しむ日々を送りながら、TUBCに胸いっぱいの愛を注いでいる。

※記事中の肩書きは取材当時のものです。また、学校名は卒業当時の名称です。

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