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医薬品が正しく効果を発揮するために|中村有沙さん

文=菅野浩二(ナウヒア) 写真=本人提供、鷹羽康博

中村有沙(なかむら・ありさ)|厚生労働省

茨城県出身。茨城県立下妻第一高等学校で学んだあと、2020年3月に武蔵野大学の薬学部薬学科を卒業。2020年4月に厚生労働省に入省した。国家公務員総合職試験の勉強に関しては、薬学部薬学科の三原潔先生や廣谷功先生、阿部和穂先生にお世話になったと感じている。大学時代にはマルタへの語学留学や英会話カフェでのアルバイトを経験しており、英語でのコミュニケーションに対するハードルを下げることができたという。2020年2月の第105回薬剤師国家試験に合格。

「先生と学生の距離が近い」という情報にも興味を持つ

2020年4月に厚生労働省に入省した中村有沙さんは言う。

「武蔵野大学の薬学部薬学科に入学したのは、漠然と薬剤師に憧れがあったのと、薬剤師は安定した職業だろうという思いがありました」

高校生のとき進路を考えている際に、国家資格を持って安定した進路を歩みたいという気持ちが生まれ、薬学部を視野に入れていたところ、武蔵野大学の薬学部薬学科が候補として挙がってきた。薬学や理系にかたよることなく、学部学科の多い総合大学としての存在感が目を引いた。「武蔵野大学は先生と学生の距離が近い」という情報や文系の人と関われるかもしれない環境にも興味を持った。薬学部が主に使用する8号館は武蔵野キャンパスでは比較的新しい建物で、「綺麗な場所で学べるんだな」という印象が残った。

一般入試を経て2014年4月に入学した。同じ高校から進学した友人がいなかったから「早く友だちをつくらないと」と少しだけあせったけれど、杞憂に終わった。中村さんは振り返る。

「入学してすぐ、薬学部の先輩たちが井の頭公園で新入生歓迎会を開いてくれたんです。その場をきっかけに、自然と薬学部の同級生や先輩とのつながりができました。薬学部は1年次から必修科目が多かったので、授業で顔を合わせるうちに自然と友だちができました。それから、体育の授業は学部の垣根を超えた時間だったので、そこで他学部の友だちをつくることもできました」

高校では物理を選択していたから、1年次は生物の基礎の基礎から学ぶ必要があった。それでも、「生物も一からやったらおもしろかったです」と話せるのは、サポート体制がしっかりしていたからだ。武蔵野大学では1年次に生物の基礎講義があり、高校の生物の講義を受講することができた。ほかの科目についても、武蔵野大学では薬学部を含め学生が先生を訪ねてもよい時間が決まっていて、その時間であれば何年生であれ自由に行っていいという環境だった。1年次、わからないことがあるたびに先生に質問しに行き、「武蔵野大学は先生と学生の距離が近い」という情報が本当であることを実感した。

疑問を解消すべくさまざまな先生の研究室に足を運ぶ日々は、座学が多い3年次まではもちろん、卒業するまで続いた。

固定観念を前向きに覆され、公務員をめざす道が視野に入る

6年間を振り返って印象深い講義の一つは、当時、武蔵野大学の薬学部薬学科で教壇に立っていた大室弘美先生の授業だったという。厚生労働省の国立医薬食品衛生研究所医薬品医療機器審査センターに勤務歴のある大室先生は、薬に関係する法律や薬の歴史など、一歩踏み込んだ知識を教えてくれた。

「薬はとても規制が多いんです。大室先生の授業でいろんな歴史があって規制や制度があるんだということを説明していただき、薬局や薬剤師の存在意義、薬の規制の必要性について知ることができました」

大室先生の「医薬品情報学」という講義では、理系の人間が国家公務員総合職や国家公務員一般職の技術系区分で、省庁で働くことができる事実も知った。それまでの中村さんは、曰く「公務員と言ったら、先生や市役所の職員など、文系の就職先というイメージでした」。ところが、自分が持っていた固定観念を前向きに覆されると、薬剤師のほかに、公務員をめざす道もぼんやりと視界に入ってきた。

はっきりと方向転換したのは5年次だ。病院と薬局で5週間ずつ実習を行い、薬剤師の業務全般を学んだ。薬剤師の仕事を体感し、そのやりがいも理解したけれど、薬学の知識を生かした公務員になるイメージがずっと頭に残っていた。できることなら薬事行政に関わりたい、法律を整えて現場を支える仕事に携わりたいという思いは強まり、実習後に公務員志望へと意思を固めた。5年次の冬には本格的に国家公務員試験の勉強に励んでいたという。

「理系の国家公務員総合職の試験対策で言うと、市販のテキストが少ないので人事院に請求して過去の試験問題を取り寄せました。有機化学や薬理学、分析化学といった専門教科は自分で学びながら、大学の先生にも教えていただきました」

自身が所属する臨床薬学センターの指導教授である三原潔先生や、薬化学研究室の廣谷功先生には特にお世話になったと感じている。臨床薬学センターの研究室を自習室代わりに使い、苦手だった有機化学の勉強は、問題集などを用いながら廣谷先生に一対一で教えてもらった。

「武蔵野大学時代はやりたいことを全部やった気がします」

5、6年次、自分の希望する仕事をめざして勉強に励んだ中村さんは、「武蔵野大学時代はやりたいことを全部やった気がします」と笑みを浮かべる。アルバイトは自分が興味のあったカフェの店員と、世界展開に力を入れるカジュアル衣料品ブランドの販売員を経験。3年次の終わりにはマルタの語学学校に6週間ほど留学して英語力を鍛え、その後は英会話カフェでもアルバイトをした。

掛け値なしに充実していた大学生活の6年目は、最高のかたちで始まった。4月には国家公務員総合職試験の第1次試験に合格。筆記試験、政策課題討議試験、人物試験によって5月と6月に行われた第2次試験にも受かり、官庁訪問を経て採用内定を勝ち取った。中村さんが説明する。

「官庁訪問では面接が複数回行われたのですが、大学時代のアルバイトや語学留学の話などをして、やりたいことは全部やってきて、行動力があるということをアピールしました。医薬品の使用によって引き起こされる薬害に興味があることも話し、医薬品が正しく効果を発揮するための薬事行政に携わりたいという希望も伝えました」

その後は薬剤師国家試験の合格をめざし、あらためて勉強に励んだ。臨床薬学センターの研究室の机に向かうのは自分一人ではない。同じ目標を持つ友人たちの存在は心強かった。多くの仲間と切磋琢磨する環境で追い込みをかけ、2020年2月に行われた第105回薬剤師国家試験に無事合格した。濃密な時間をともに過ごし、同じ目標を達成した仲間の存在はかけがえのないもので、「武蔵野大学の薬学部で特に仲良くなった友人が2人いるんですが、彼女たちとは一生付き合っていきたいです」と話す。

広く長期的な視点で日本の未来を考える日々は充実している。武蔵野大学で学ばなければ、今の自分はいないと言っても過言ではない。中村さんは丁寧に思い出す。

「武蔵野大学で本当によかったと感じています。勉強と自分がやりたいこととのバランスがとれていた日々だったと思っていて、一生付き合いたい友人にも出会えましたし、公務員になるという目標も達成することができました。先生との距離が近かった点には心から感謝していて、ほかの大学の薬学部で学んだ人に『一対一で1時間でも2時間でも指導を受けることができたんだよ』と伝えると、驚かれます」

※記事中の肩書きは取材当時のものです。また、学校名は卒業当時の名称です。

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