文=菅野浩二(ナウヒア) 写真=本人提供、鷹羽康博
室木花絵(むろき・はなえ)さん|ビネガーバーバンクシア オーナー
東京都出身。埼玉県立和光国際高等学校を卒業後、2008年3月に武蔵野大学の人間関係学部環境学科環境アメニティ専攻(現 工学部サステナビリティ学科)を卒業。現在は自家製のビネガードリンクを提供する「ビネガーバーバンクシア」というお店を経営している。自身の名前に「花」が入っていることから、好きな花の「バンクシア」を店名に選んだ。お店でふるまうのはオレンジ、レモン、バナナ、梅のドリンクが基本で、季節ごとにいちごやキウイ、桃なども取り入れている。自分の健康を保つのも一つのテーマで、音楽鑑賞、散歩、ストレッチ、アロマ、マッサージ、温泉などでストレスを解消する。
ビネガードリンクを提供するお店を切り盛りして7年目
薄緑色のらせん階段を登った3階にその店はある。「ビネガーバーバンクシア」を一人で切り盛りするのは室木花絵さんだ。その店名のとおり、お酢にフルーツやハーブ、あるいは野菜などを漬け込んでつくった自家製のビネガードリンクを提供している。
お店を立ち上げて7年目になる。それまでは、環境への負荷を抑えたオーガニック野菜などを販売するスーパーマーケットを運営する企業やオーガニック素材を使ったレストラン、あるいは2011年の「3.11」をきっかけに支援活動を行う会社などに勤めていた。ありのままに言うと、その間は「漠然と何かを自分でやりたいけれど、まだ見つかっていない状態」だった。室木さんは明かす。
「武蔵野大学時代から環境活動に興味があって、でも『もっと楽に、がんばらなくても続けられないと持続可能ではないよね』と思っていたんです。大学卒業後にいくつかの職場で働く間は、誰もが日々行う行為としての『食』に注目していました。食は無農薬栽培、地産地消、フードロスなど、いろいろな面でエコ活動につながっています。ただ、どの仕事も自分で背負いすぎてしまって……。『忙しい』という文字は『心を亡くす』と書きますよね?持続可能な社会について考えていたはずなのに、いつの間にか自分の心が持続可能じゃなくなっていることに気づいたんです」
心に余裕が生まれたらストレスも軽減して、もっと人に優しくできるのではないか──そんなふうに考えて、私生活では味噌づくりや梅酒づくりを通して肩の力を抜いた。あるとき、お酢を使いビネガードリンクをつくって友人たちに配っていると、思いのほか好評を得た。「これって売っていないの?」「パーティーのウェルカムドリンクで出してほしい」「フェスに出店しませんか?」といった周りの声に背中を押されるように、事業化に踏み切った。環境負荷が少ない営みだと思ったのもきっかけだったという。
「ビネガードリンクをつくる際には、規格外のフルーツや一般的に贈答用では売れなくなったものを生かせます。またお酢自体にも、エネルギーをたくさん使わなくても製造できる伝統的な技術があって、電気が止まってもつくり続けられるお酢屋さんもあります。お酢は健康にもよいと言われていますし、やる価値があるのではないかと思いました。何より環境と健康に向き合う点で、自分らしいと感じたんです」
桃の木の伐採をきっかけに、自然保護に意識を向けるように
高校生のころ、自宅マンション裏手の桃の木が突然ばっさり切られてしまった。「何十年もかけて育ってきて、毎年きれいに咲くのをみんなが楽しみにしていたものを、こんなに簡単に切ってしまうの?」と大きなショックを受けた。なんだか、とても不条理に思えた。
桃の木の伐採をきっかけに、自然保護に意識を向けるようになった。大学進学を考えているうちに、武蔵野大学の人間関係学部環境学科環境アメニティ専攻(現 工学部サステナビリティ学科)の存在を知る。自身が高校3年生だった2003年に設置されたばかりの学科で、自然やエネルギーの問題などについて学べると考え進学を決めた。
室木さんは「武蔵野大学の環境学科に進んで本当によかったです」と話し、言葉をつなぐ。
「今でこそ『SDGs』という言葉が浸透するなど、自然環境に目を向けるのが当たり前になっていますが、20年前にその重要性を教えてくださった先生たちは先駆者だったと思います。できたばかりの学科だったので、私たちには手探りなことも多く、割と学生主体でやりたいことをやらせていただいたのもよい経験でした。自然環境、住まいの環境、街の環境など多岐にわたって学べたことも有意義だったと感じています」
特に強く印象に残っているのは環境プロジェクトの時間だ。グループで取り組むプロジェクトテーマは自然環境、環境教育、情報発信、国際支援など幅広く、内容に応じて企業や行政などと連携する。たとえば「雑木林を生かそう」というプロジェクトでは多摩六都科学館の職員と話し合い、小学生を招いてイベントを行った。こうしたプロジェクトを実践的に複数こなすなかで、曰く「学生のうちに学外のいろんな大人の方に出会えて話を聞いたことで、かなり視野が広がったと思います」
学外ではNPO法人グリーンバードの活動にも夢中になった。グリーンバードは「きれいな街は、人の心もきれいにする」をコンセプトに街のごみ拾いを行う団体で、いつでも誰もが自由に参加できるボランティア活動を展開している。室木さんは言う。
「ビジネスパーソンや美容師の方、LGBTQの方など、多様な人と接し、お互いの意見を受け入れ合う時間はとても刺激的なものでした。グリーンバードはそれぞれの街にリーダーがいるんですが、私は友だちと一緒に学生チームを立ち上げて、学生チームの初代代表を務めました。学園祭に行ってごみを拾ったり、企業とのコラボ掃除を実施したり。人と人が出会ってつながり助け合える社会の縮図のような経験をし、こんなかっこいい大人たちがいるんだって、未来に希望も持てました」
スウェーデンを訪れ、先進的な環境への取り組みを目の当たりに
武蔵野大学では特別講師を招いた講義も忘れられない。環境コンサルタントとして活動するスウェーデン人のペオ・エクベリさんからは大きな刺激を受けた。室木さんは説明する。
「スウェーデンは環境先進国として知られているので、ペオさんの特別講義ではエコ活動に関する疑問に答えてもらったり、スウェーデンの実例を教えてもらったりしました。真に持続可能な社会とはどういうものかを知ったインパクトがあまりにも強く、3年次の夏休みにはペオさんが開催しているエコツアーに参加して、スウェーデンを訪れました」
2006年8月、スウェーデンの暮らしのあり方にはとことん感銘を受けた。
分別のゴミ箱や古着の回収ボックスが街のいたるところにあり、移動は自動車より自転車中心。化石資源を除く生物体由来の再生可能な資源であるバイオマスを燃料にしているバスや、バイオマスを原料につくられるエタノールをエネルギー源とするバスも行き交う。「真に持続可能な社会がここにある」と興奮して何枚も写真を撮っていると、現地の人からは「何がおもしろいの?」と不思議がられた。先進的な環境への取り組みを目の当たりにして、日本にはまだまだ可能性があると感じた。
授業も環境プロジェクトも、グリーンバードの活動もスウェーデン訪問も、本気で環境に向き合った武蔵野大学での4年間はかけがえのないものだ。室木さんは言う。
「武蔵野大学では実践の機会が多かったんですよね。環境プロジェクトや特別講師の招聘など、学生たちが主体となって、学外の大人の方たちと関わることができました。何をやりたいかを教授が聞いてくれて、それが実際にできることの貴重さを当時は意識していませんでしたが、先生方がどれほど準備をして学外の方たちとやりとりをしてくれていたのかを考えると感謝しかありません」
ビネガーバーバンクシアでの日々の根底には武蔵野大学で得た知識や経験がある。たとえば「ギフトボックスが欲しい」という要望を受けてどのギフトボックスがよいか考えるときにも、環境のことが念頭にあるから「植物性のものがいいな。そのなかでも環境負荷の少ないものにしたい」などと考えながら時間をかけて選んでいく。環境を意識した毎日は「その一つひとつがこだわりですし、やりがいです」と話す。
夢は小さくてもよいから自分の製造所を持つこと。環境と健康に配慮したチャレンジを続け、薄緑色のらせん階段を登った3階のお店でビネガードリンクをふるまい、いろいろな人とふれ合い環境問題も含めて語り合いながら、誰かの健やかで穏やかな日々に役立てたらと考えている。
※記事中の肩書きは取材当時のものです。また、学校名は卒業当時の名称です。
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