校友トピックス

令和8年4月の聖語

静謐の聖語板に見出してきたこと

有明キャンパス正門、武蔵野キャンパス正門・北門に設置されている「聖語板」を覚えていますか?
先人のことばを月替わりに掲示しています。
在学時、何気なく見過ごした言葉、瞬時に腑に落ちた言葉、場面を具体的にイメージできる一文、また、思わずその意味を自身に問い掛けた経験はありませんか。
そして、1カ月間、朝に夕に目にすることで、じっくりと心に沁みこんでくる言葉がありませんでしたか?
今も変わらず、「聖語板」は学生に、教職員に、大学を訪れる人に静かに語りかけています。

4月の聖語

「ここに学ぶとはじめて立ちし校庭の 花の四月の初心忘るべからず」

土岐善麿

今月の聖語は、歌人であり国文学者でもあった土岐善麿先生の一首です。

本学が武蔵野女子大学として歩み始めた1965年、土岐先生は文学部日本文学科の初代主任教授を務められました。この歌は、先生の在任中に刊行された『むさし野十方抄』に収められており、毎年4月になると、聖語板に必ず掲げられています。

ところで皆さんは、「初心」と聞いて、どのような場面を思い浮かべるでしょうか。

社会人として新たな一歩を踏み出した日。思い立って勉強を始めた日。真新しい制服に身を包み、学校の門をくぐった日。期待と少しの不安が入り混じった「はじまり」の瞬間を思い浮かべた方も多いかもしれません。

そもそも「初心」という言葉は、仏教語の「初発心(しょほっしん)」に由来するとされていて、初めて悟りを求める心をおこすことをいいます。言い換えれば、これまでの歩みをいったん問い直し、もう一度学ぼうとする心が芽生えること、とでもいいましょうか。

社会に出て月日を重ねるなかで、思うようにいかず立ち止まってしまった経験のある方も、きっと多いことでしょう。

今月の聖語は、迷いの中で生じた学ぼうとする心の芽を大切に、また成長への一歩を踏み出していこうということを、示してくれているようにも感じられました。その姿勢こそが、土岐先生が私たちに託されている「初心」なのかもしれません。

※ 仏教語豆事典|浄土真宗本願寺派(西本願寺)より

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