静謐の聖語板に見出してきたこと
有明キャンパス正門、武蔵野キャンパス正門・北門に設置されている「聖語板」を覚えていますか?
先人のことばを月替わりに掲示しています。
在学時、何気なく見過ごした言葉、瞬時に腑に落ちた言葉、場面を具体的にイメージできる一文、また、思わずその意味を自身に問い掛けた経験はありませんか。
そして、1カ月間、朝に夕に目にすることで、じっくりと心に沁みこんでくる言葉がありませんでしたか?
今も変わらず、「聖語板」は学生に、教職員に、大学を訪れる人に静かに語りかけています。
2月の聖語
「鉢の水はきらめき 海の水はくらい
小さな真実は明晰な言葉 大きな真実は大きな沈黙」
インドの詩人タゴール ノーベル文学賞受賞
2月の聖語板
今月の聖語はインドを代表する詩人であり、アジア人として初のノーベル文学賞を受賞したラビンドラナート・タゴールの 「迷い鳥たち(Stray Birds)」に収められた詩の一節です。
先日「『言語化』をテーマにした本が売れている。」というニュースを目にしました。思考や技法をうまく言語化できればビジネスにもつながりますし、心情を言葉に置き換えてSNSで発信すれば多くの「いいね」がもらえ、自分が肯定されたような気持ちにもなります。言語化は成功するためのツールの一つなんでしょうね。
だからなのか、思いを言葉にできず黙ったままでいることが、まるで罪であるかのように重く感じられることもあったり。言語化できない=思考停止と思われる風潮、ちょっとあるように感じます。
でもちょっと想像してみてください。例えば、大切な誰かを失ったとき。例えば、圧倒的な自然を前に立ち尽くすとき。喪失感や畏怖の念を言葉にすればするほど、どんどん真実から遠のくようで、伝えるのを諦めたことってありませんか?この世にある事象は、その全てをスラスラと言語化できる訳ではないとも思うのです。
言葉が見つからないときは無理に言語化しなくても大丈夫。「大きな真実は大きな沈黙」とタゴールさんも言ってますよ。
春までもう少し


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