校友トピックス

令和8年1月の聖語

静謐の聖語板に見出してきたこと

有明キャンパス正門、武蔵野キャンパス正門・北門に設置されている「聖語板」を覚えていますか?
先人のことばを月替わりに掲示しています。
在学時、何気なく見過ごした言葉、瞬時に腑に落ちた言葉、場面を具体的にイメージできる一文、また、思わずその意味を自身に問い掛けた経験はありませんか。
そして、1カ月間、朝に夕に目にすることで、じっくりと心に沁みこんでくる言葉がありませんでしたか?
今も変わらず、「聖語板」は学生に、教職員に、大学を訪れる人に静かに語りかけています。

1月の聖語

「自分ファーストという貧しさ 思いやりのある豊かな社会を」

2025お寺の掲示板大賞+α

細い道を歩いていたときのこと。向こう側からも人が歩いてくるのが見えました。立ち止まって「お先にどうぞ」と手を差し出す。「ありがとう」と会釈してすれ違う。わずかなやり取りではありますが思いやりが感じられ、とてもあたたかな気持ちになりました。

道を渡ろうと車が途切れるのを待っていると、「どうぞ」と1台の車が止まってくれました。「ありがとうございます」と頭を下げながら道を渡るその瞬間、やはり幸せな気持ちになります。

通勤ラッシュの電車の中、青白い顔でしゃがみ込む高校生に席を譲ってくれる人がいました。その様子に「見知らぬ人だけど、ありがとう!」と心の中でつぶやきました。おそらくまわりにいた人も同じように「ありがとう!」とつぶやいていたのではないでしょうか。

小さな思いやりは、自分や相手だけでなく、その場にいる人たちの心までやさしくします。やさしさを受け取った人は、また別の誰かにやさしさを渡していく。思いやりの輪は静かに広がっていくのです。

「自分ファースト」を自己中心的と解釈した場合、細い道ですれ違うとき、車の往来のある道を渡ろうとしたとき、体調を崩した人がそばにいたとき、どのようなことが起こるのかは想像に難くありません。なんだか心もささくれてしまいそうですよね。

「他を利するはすなわちこれ自らを利するなり」

他人をしあわせにすることは、めぐりめぐって自分もしあわせになるという仏教のこの言葉をふと思い出しました。2026年もこの気持ちを忘れずに、思いやりの輪を広げていきたいと思います!

※1月の聖語は2025お寺の掲示板大賞と講評からの引用です

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