校友トピックス

令和7年11月の聖語

静謐の聖語板に見出してきたこと

有明キャンパス正門、武蔵野キャンパス正門・北門に設置されている「聖語板」を覚えていますか?
先人のことばを月替わりに掲示しています。
在学時、何気なく見過ごした言葉、瞬時に腑に落ちた言葉、場面を具体的にイメージできる一文、また、思わずその意味を自身に問い掛けた経験はありませんか。
そして、1カ月間、朝に夕に目にすることで、じっくりと心に沁みこんでくる言葉がありませんでしたか?
今も変わらず、「聖語板」は学生に、教職員に、大学を訪れる人に静かに語りかけています。

11月の聖語

「人生はやり直しはできないけれど 見直し出直すことはできる」

死を目前にした鈴木章子あやこさんのことば

今月の聖語は北海道の真宗大谷派西念寺の坊守ぼうもりで、斜里大谷幼稚園を創設、園長も務められた鈴木章子さんの言葉です。鈴木さんは4人のお子さんのお母さんでもありました。

毎日を仕事仕事で忙しく過ごしてきた鈴木さんが乳癌の告知を受けたのは42歳のとき。その後、46歳で肺にも新たに癌が見つかります。「今、末の息子が高一なので、卒業までなんとかして生きていてやりたい」という母の切なる願いも届くことなく、翌年、47歳で鈴木さんは静かにその生涯の幕を閉じました。

乳癌の告知を受けて最初の入院生活を送る中、鈴木さんはそれまで深く考えることもなかった自分の過去を振り返ります。

「仕事優先で機能化した家庭には私でなければならないという場もなく、妻として母として、一つ一つの積みあげをないがしろにしてきた日常生活の中で、ドッシリとした立場もないことに気づかされました。

~中略~

取り返しのつかない時間、取り返しのつかない生き方をしてきたのではないかという思いが走りました。」

鈴木章子『癌告知のあとで 私の如是我聞』|探究社

生死しょうじ」について、これまでの人生について、自分の場のなさについて考えざるを得なくなった鈴木さんのもとに、ある日1通の手紙が届きました。差出人は鈴木さんのお父さまです。

あなたは、一体何をドタバタしているのか。生死はお任せ以外にはないのだ。
人知の及ばぬことはすべてお任せしなさい。 ~中略~
自分でどうにもならぬことをどうにかしようとすることは、あなたの傲慢である。

鈴木章子『癌告知のあとで 私の如是我聞』|探究社

鈴木さんはこの言葉に大層ほっとして、ようやく「人生はやり直しはできないけれど 見直し出直すことはできる」という心境に思い至るのです。

その後、往生されるまでの間「癌でも逃げなかった、癌でも笑っていたお母さんというイメージを子どもたちに残し続けたい」と、鈴木さんは多くの詩と言葉を綴りました。

詩には子どもたちとのやりとりがたびたび登場します。子どもたちが口にする言葉にはお母さんへの愛がたっぷりと込められていて、鈴木さんの気持ちがちゃんと子どもたちにも届いていることがよくわかります。

皆さんのこれからの人生にも「やり直したい」と思うような出来事が訪れるかもしれません。過去にタイムリープすることはできませんが、鈴木さんがやってのけたように「見直し出直すことはできる」んだということを忘れずに、前に進んでいただければと思います。

※ 浄土真宗では住職の妻のことを「坊守」と呼んでいる

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