6月28日は、本法人創立者である高楠順次郎先生のご命日「雪頂忌」です。
今年は6月28日が日曜日に当たるため、6月26日(金)、築地本願寺和田堀廟所において雪頂忌法要と墓参が行われました。
法要では、本法人関係者ならびに学生代表による代表焼香が行われた後、本年度6月1日に理事長に就任された中尾史峰(なかお・しほう)理事長が、参列者に向けて挨拶を述べられました。
念珠を両手に掛け、中啓(朱塗りの扇)を親指に挟んで合掌される姿にも表れているように、中尾理事長は浄土真宗本願寺派の僧侶なのです。龍谷大学卒業後、宗教法人浄土真宗本願寺派宗務所に入所し、本願寺執行、築地本願寺宗務長などの要職を歴任されました。
念珠を両手に掛け、中啓(朱塗りの扇)を親指に挟んで合掌される中尾史峰理事長
「往生ほどの一大事、凡夫のはからうべきことにあらず、
ひとすじに如来にまかせたてまつるべし。」
冒頭の一言に、参列者の関心が一気に集まります。これは『執持鈔』の一節で、「往生というもっとも大切なことは、凡夫がはからうことではない。ひとすぢに阿弥陀様にまかせなさい」という意味なのだそう。
あわせて高楠先生の「物事が常に移り変わっていく(諸行無常)。それは当たり前のことではあるけれども、自分のこととして受け入れていくということはなかなか難しいことだ。しかし最後には、その移り変わるものがとどまっている世界がある」という言葉を紹介されました。
このふたつの言葉から、「自分にとっての『往生ほどの一大事』は一体何なのかを、この雪頂忌という日に一度思い描いていただいたら」と穏やかな口調で述べた中尾理事長ですが、その歩みを紐解いてみると、高楠先生との思いがけない共通点が見えてきました。
ということで、今回は高楠先生のご遺徳を偲びつつ、中尾理事長との共通点からお二人の歩み・お人柄に至るまでをご紹介していきたいと思います♪
共通点1 「仏教」
皆さんもご存じのとおり、高楠先生は仏教学者であり、仏教の研究・普及に尽力されたことで知られています。本学の建学の精神が「仏教の根本精神である四弘誓願を基礎とする人格教育」であることは言うに及びません。
また、中尾理事長も浄土真宗本願寺派の僧侶であり、築地本願寺の宗務長も務められた人物。「仏教」はお二人の大きな共通点ですね。
共通点2 「伝える力」
高楠先生は「理想が高まるに従って人格が高まり、人格が高まるに従って高い理想が現出する」と説き、1924年武蔵野女学院設立当初、学生に向け、毎週水曜日に仏教精神に基づく講話を行いました。
また、中尾理事長は築地本願寺の宗務長時代、「悩んでいる人に言葉をかけるのが、僧侶の役割」と日頃から境内を歩きまわって、参拝客の方にお声がけされていたとのこと。
お二人とも、仏教の教えを自ら「伝える」ことに尽力されています。
共通点3 「グローバルな発信力」
高楠先生はインドの僧院生活を著した『南海寄帰内法伝』の英訳を手がけ、その内容を西洋のインド学者に広く伝えることに貢献されました。
また、中尾理事長はコロナ禍において、築地本願寺で行われる「報恩講」をライブ配信、特にサブチャンネルでの英語配信は世界各国からも視聴されたそう。
高楠先生が英訳によって仏教を西洋へ紹介したように、中尾理事長もまた、新たな試みで仏教の魅力をグローバルに発信しています。
おまけ 「落語」
中尾理事長は大の落語好き。高校・大学時代は落語研究会に入っていたそう。好きな落語家さんは、6代目三遊亭円生と、9代目の桂文楽、古今亭志ん朝とのこと。
ところで落語は仏教の説法から始まったって、皆さんご存じでしたか?
高楠先生と中尾理事長に共通して見えた「仏教」「伝える力」「グローバルな発信力」。
雪頂忌は、高楠先生のご遺徳を偲ぶ行事であると同時に、その思いが今もなお息づいていることを改めて心に刻む日でもあるように感じます。
受け継がれてきた思いや志に触れながら、本法人の歩みや理念について改めて考える機会となったのではないでしょうか。
【参考資料・出典元】
「高楠順次郎 仏教学者、世界を駆ける」(学校法人武蔵野大学創立100周年記念事業委員会)








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