武蔵野マガジン

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人生に大きく影響した4年間|駒木咲音さん

写真=本人提供、鷹羽康博

駒木咲音(こまき・さきね)|清水総合開発株式会社

東京都出身。関東国際高等学校から指定校推薦で入学し、2018年3月に武蔵野大学の法学部法律学科を卒業。卒業論文は社外取締役に焦点を当てて書き上げた。海外旅行が趣味で、大学時代にはイタリア、フランス、アメリカ、韓国、台湾、タイ、ベトナム、インドネシアを訪れている。スポーツが好きで高校時代はハンドボールやテニス、大学時代は草野球を楽しんだ。

成績が伸び悩んだとき、手を差し伸べてくれる先生たちがいた

2014年4月、新設された法学部法律学科に入学してすぐ、駒木咲音さんは授業のあり方に感動したという。

100人近く出席する大教室での授業では、双方向授業が行われていた。授業中、先生と学生がマイクを通して質疑応答を行う。「自分ならどう答えるか」。そう考えながら授業を受けることで自然と理解も深まっていった。

「ただ一方的に聞いて黒板を写して終える授業では、理解をしようとする姿勢がなかなか保てずにいました。双方向授業は、緊張しつつも考える力が育ち、自然と理解も深まるとても有意義な時間でした」

法律学科は先生と学生の距離が近く、学生一人ひとりを理解してもらえる環境があった。学生の成績が伸び悩んだときには、決して見捨てることなく手を差し伸べてくれる先生たちがいたという。

「授業では、先生の目が届く一番前に指定席を作ってくれたり、授業ごとにマイクが渡されて質疑応答を行ったりしていました。個別に質問をした際には研究室に迎え入れていただき、理解できるまで時間を惜しまず丁寧に教えてくださいました」

そんな距離感が心地よく、いつしかプライベートな相談や雑談をしにいくほど先生は大きな存在になっていたという。

友人たちの存在も大きかったと駒木さんは話す。

「試験前にはみんなで集まって勉強会をしていました。個性豊かな友人たちとともに、勉強を教え合っていました。雑談もしつつ、時には寝落ちしながら学生らしく過ごすなかで、みんなで一緒に卒業ができるように頑張ろうと思える支えになっていました」

奮闘の甲斐あって、優良成績を取れた際には学部長の池田眞朗先生(当時)から表彰されている。

宅地建物取引士試験に向けての勉強とその後

法律学科では宅地建物取引士の資格取得が推奨されていた。これまで高校、大学と推薦で入学し、受験のような大きな勉強をしてこなかったという駒木さんだが、3年次、資格取得に向け「人生で一番勉強した」という。

宅地建物取引士の試験に向け、法律学科独自のプログラムである「法曹・士業プログラム」を受講したり、自宅でも毎日テキストを読んで過去問を解いたりした。試験が近づくと、所属するゼミの金尾悠香先生の研究室で本試験と同様に時間を計って過去問を解いたりもした。

「『絶対に資格を取ってやる』と思って勉強したんですけど…」と駒木さんは言い、少し間を置いてから「ダメだったんですよね」と続ける。結果は不合格。合格に一点だけ足りない惜敗で、その日は落胆のあまり涙を流した。

4年次には卒業後の留学もぼんやりと視野に入れていたけれど、金尾先生から「いずれ海外に行くにせよ、経験として就職活動をしたほうがいいのでは?」という言葉をかけられ、心に火がついた。宅地建物取引士の試験勉強に取り組んでいたこともあり、就職活動の志望先は不動産業界と建設業界に絞った。就職活動を行うなかで、働きたいと思える会社に出会うことができた。

2018年4月から清水総合開発株式会社で働く。「すこやかな場所を 創る 支える」を企業メッセージに掲げ、多様な不動産事業を手がける会社に入社して1年目、大学3年次に味わった雪辱を果たしてみせた。地道に勉強を続けて宅地建物取引士試験に合格し、見事、宅地建物取引士の資格を得ることができた。卒業後ながら、池田先生と金尾先生に盾とともに祝ってもらった日のことは忘れられない。

仕事はやりがいに満ちている

社会人になって10年足らず。清水総合開発株式会社での仕事はやりがいに満ちている。入社1年目から小さくない責任を託された。駒木さんの表情がゆるむ。

「入社直後にいたのは賃貸マンション・オフィスの開発等をする部署で、土地の仕入れから携わることができたんです。そこから設計や現場での打合せを重ね、8階建ての賃貸マンションが完成。建物の売却まで担当しました。紆余曲折ありながらも実際に建った建物を見たとき、また売却が決まったときには、大きな達成感を抱くことができました」

その後は分譲マンションを開発する部署も経験。現在は産休と育休を経て、AM業務や仲介業務を中心に行う部署に所属している。将来の夢を問うと「まずは子どもをしっかりと育てることですね」という答えがすぐに返ってきて、「家庭と仕事を両立させたいです」と表情を引き締めた。

「実は強い目的があって法学部に入ったわけじゃないんですよね」と打ち明ける一方、武蔵野大学で過ごした4年間は間違いなくその後の人生に大きく影響している。宅地建物取引士の資格取得に挑戦していなければ今の仕事には就けていなかったし、「お母さんのような存在」だと語る金尾先生や、かけがえのない友人たちとの出会いは大きな財産だと感じている。

駒木さんは言う。

「ついこの間も金尾先生と会ったばかりです。池田先生、金尾先生を含め、武蔵野大学の法学部には、一人ひとりに目を配り、やる気を出させてくれる環境がありました。大学で出会った友人たちは苦楽をともにした存在で、今でも定期的に会っています。武蔵野大学法学部に進学して本当によかったと心から思っています」

※記事中の肩書きは取材当時のものです。また、学校名は卒業当時の名称です。

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