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広く学んだから|柳田裕己采さん

文=菅野浩二(ナウヒア) 写真=本人提供、小黒冴夏

柳田裕己采(やなぎた・ゆきな)|日建リース工業株式会社

東京都出身。武蔵野女子学院高等学校(現 武蔵野大学高等学校)で学んだあと、2024年3月に武蔵野大学のグローバル学部日本語コミュニケーション学科を卒業。在学中には「ACE(Ariake Communication /Children English)」という同好会に所属し、こども食堂で英語を教えるワークショップなどに関わっていた。3年次にはフィンランド、4年次には中国を旅行で訪れている。学生時代の思い出の場所は有明キャンパスのロハスカフェとイングリッシュスペース。

武蔵野女子学院高等学校から内部進学で武蔵野大学へ

武蔵野女子学院高等学校(現 武蔵野大学高等学校)で3年間学んだ。得意科目は英語だったという。柳田裕己采さんは話す。

「中学3年生の受験期にすごく英語力が伸びて、武蔵野女子学院高等学校に入学してから英語でのコミュニケーション力がついたと思います。私が高校2年生のとき、台湾から留学生が来ていて、その子は中国語も日本語も英語も話せたんです。彼女と一緒に原宿などに遊びに出かけたんですが、英語でやりとりしているうちにぼんやりと世界を視野に入れるようになりました」

思えば、高校1年生のころに受けた職業適性検査では、最も向いている仕事として「日本語教師」という診断が出ていた。得意な英語を生かした将来像を考えていたとき、父が「日本語教師はこれから外国人労働者が日本に増えていくなかで、とても必要な存在になるんじゃないか?」とアドバイスをくれた。

曰く「どの学部にするか、ずっと迷っていた」高校3年生のとき、武蔵野大学のグローバル学部に日本語コミュニケーション学科があることを知る。調べると、留学生とともに日本語教育や観光に関する科目を専門的に学んだり、国内外における課題解決に向けた視点や解決していく力を養ったり、国家資格の「登録日本語教員」をめざす環境が用意されているという。

「留学生と学べる」「登録日本語教員を志す」という2点に特に引かれ、最終的に進路を決めた。2020年4月、内部進学で武蔵野大学グローバル学部日本語コミュニケーション学科に入学し、新たな学びが始まった。

もっとも、キャンパス内で文字どおり充実した大学生活を過ごせたわけではない。柳田さんは振り返る。

「新型コロナウイルス感染症が世界中で蔓延していたので、武蔵野大学も2年近くオンライン授業がメインでした。ただ、孤独感みたいなものはほとんど感じなかったですね。同級生とはオンラインでグループミーティングなどをしていましたし、趣味のダンスを続けたり、アルバイトに励んだりしていたので、あまりストレスを感じることなく日々の生活を送ることができました」

屋上菜園やアントレプレナーシップ学部から学びを得る

新型コロナウイルス感染症のリスクが減り、本格的に有明キャンパスで学べるようになったのは3年生になってからだ。グローバル学部日本語コミュニケーション学科の同級生は80人ほどで、約半分が中国や韓国、あるいはベトナムなどからの留学生だった。国際共修の場は魅力的だったけれど、柳田さんはより広い視野で学んでいる。

「有明キャンパスには、サステナビリティ学科(2023年 工学部環境システム学科を工学部サステナビリティ学科に改組)の明石修先生が中心となって運営している屋上菜園があるんですが、そこによく行っていました。グローバルビジネス学科に留学しているドイツ人やフィンランド人も来ていて、そこで英語でやりとりしていましたね。そもそも、屋上菜園に入り浸っていたのは、自分が学んでいる神吉宇一先生のゼミで、先輩が食の多様性についてのプロジェクトを進めていて、その取り組みにはさまざまな植物が育てられている屋上菜園の力が必要だったというのもあります」

「社会を今よりちょっとだけマシにしよう」を合言葉に掲げる神吉先生のゼミでは、3年次に全学の学生を対象として食の多様性に関する調査を実施し、文化や信条を含むさまざまな理由でキャンパス内での飲食が十分にできていない学生もいるという課題があることを把握した。その調査結果を受けて、「共生社会」や「持続可能な社会」、あるいは「誰ひとり取り残さない武蔵野大学」を実現させるべく、キッチンカーを呼んで「サメとハチがやってくる~食を通して多様性と持続性を考えるSDGsイベント~」を開催している。

ゼミでは4年次、外国人向けの防災プロジェクトや、インド人と日本人による交流プログラムなども企画運営した。同時に自身が2年次のときに開設された武蔵野大学のアントレプレナーシップ学部からも刺激を受けている。起業家精神を育む同学部は「大学入学のタイミングでこの学部があったら、新しいもの好きの私は絶対に入りたかったな」と思える学びの場であり、高校時代に通い慣れた武蔵野キャンパスに定期的に足を運び、SNSでコンタクトをとった津吹達也先生から多くの学びを得たという。

  • 4年次にはインド人と日本人による交流プログラムも企画運営

    4年次にはインド人と日本人による交流プログラムも企画運営

  • 在学中は海外旅行も通じて見聞を広めている

    在学中は海外旅行も通じて見聞を広めている

「誰ひとり取り残さない社会づくりに関わっていきたい」

学部の垣根を超えて学び、キャンパス外での取り組みに励むなかで視野を広げるうちに、日本語教師になるという選択肢は消えていった。卒業論文で、今後の女性グローバルリーダーについて扱ったことも少なからず影響している。

フィンランド人の友人の母がフィンランドで会社を切り盛りしていて、その経営者に英語で話を聞いたり、外国人労働者と地元企業を結びつける一般社団法人グローバル人財サポート浜松の代表を務める堀永乃さんに取材したり、ルワンダで無償で義肢提供や就労支援を続けているルダシングワ真美さんにインタビューしたりする過程で、自分も広い視野を持って「今よりちょっといい社会にしよう」という気持ちが強まっていった。

2025年9月からは日建リース工業株式会社で働く。建設現場の足場や仮設事務所など、さまざまな備品を貸し出す会社のリニューアル首都圏事業部では、めぐりめぐって日本語教師に遠くないプロジェクトに関わっている。柳田さんが説明する。

「建設現場には技能実習生や特定技能実習生など外国人労働者が多いんですが、安全面を守るうえでは日本人と外国人の双方の日本語のコミュニケーション能力の向上が大切です。今は外国人労働者の日本語力をどう上げるかというプロジェクトを立ち上げている最中で、月に数回、武蔵野大学に来て、ゼミでお世話になった神吉先生からアドバイスをいただいています。やっぱり神吉先生のゼミでは多文化共生の重要性を学びましたし、誰ひとり取り残さない社会づくりに関わっていきたいです」

日建リース工業で外国人労働者を支えていくうえでは、武蔵野大学での学びが大いに生きている実感がある。特に外国人向けの防災プロジェクトや、インド人と日本人による交流プログラムなどを企画運営した経験は、今の仕事に取り組むなかで大きな意義をもっていると感じている。

幅広く学びにふれられた大学生活を振り返り、柳田さんは言う。

「武蔵野大学で過ごした4年間は、自分の人生を豊かにするための学びの時間だったなと思います。武蔵野大学は多くの学部がそろう場所。その環境を使って、のびのびとたくさんの考えや知識を吸収することができたからこそ、今、充実した社会人生活が送れています」

※記事中の肩書きは取材当時のものです。また、学校名は卒業当時の名称です。

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